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常世語のお題

涙の跡の残る靠枕まくら

「華胥の夢を見せてあげよう」
 小さな采麟を抱き上げ、そう言ったあの方は、もういないのだ──。
 切ない想いとともに目覚めた采麟は、涙の跡のある靠枕を見つめた。

 主上に知られてはならない。

 采麟は頬に残る涙を拭った。

「揺籃」
 今の主が柔らかく微笑んだ。采麟は胸の痛みを堪えて俯く。そんな采麟を抱きしめて、主は優しく言った。
「──砥尚を忘れる必要はないのよ」
 何もかも見透かす主の胸で、采麟は声を上げて泣いた。

2007.08.05.
 「華胥の夢を見せてあげよう」── 「華胥」を読んだとき、印象に残った一言でした。 「華胥の夢」という言葉の美しさに惹かれたのと同時に、強烈な違和感を覚えたのです。 「人によって見る夢は違うだろう」、と──。
 予想された破綻の後の采麟が気になりました。新たな主は前王の身内。 辛かったのではないか、と妄想し、書き流した小品でございます。

  2007.08.08.  速世未生 記
(常世語のお題「な」)
背景画像「篝火幻燈」さま
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