五題「夢」其の四
幻でもいい
月が明るい夜だった。暗い堂室に射しこむ一筋の月光。誘われるように露台に出ると、雲海に沈みかけた上弦の月が目に入った。
月を見ては溜息をついていた時を思い出す。あの頃は、淡い月光に浮かび上がるあのひとの幻に手を伸ばしたりしたものだ。
沈みゆく月の向こう、凌雲山を遥か越えた都に住まう我が伴侶。前に会ったのはいつだっただろう。月を眺めるだけで、泣きそうになる。
会いに来て、なんて、気軽に言えはしない。仕事を放って会いに行くこともできない。だから、せめて。
幻でもいい。今、ここに現れてくれるなら──。
我知らず頬を伝う涙。月になら、見られてもいい。陽子は、海に沈む月を眺めつつ、遠い伴侶を想い続けた。
2010.12.15.
最近硬いものやら末声物やらを書いておりました。
そろそろ本命に戻って見ようかと思って書き流しました。
お粗末でございました。
2010.12.15. 速世未生 記