「僥倖目次」 「玄関」

本 題

「それで、報せって何なの? 利広の報せだから、吉報なわけないと思うけれど、一応聞いてあげるわ」
「──随分な言われようだなあ」
 慶の銘茶「白端」を啜りながら、供王珠晶は尊大に促す。利広は苦笑を隠さない。しかし、じろりと睨めつける珠晶の視線を受け、肩を竦めて本題を語りだした。

「どうやら柳が危ないらしい。噂を聞いて確かめに行ったんだけどね」
「確証はあるの?」
 そう訊ねると、珠晶は茶器を卓子に置き、すっと姿勢を正した。女王の顔を見せる珠晶に、利広は微笑を送る。
「うん、柳の沿岸には妖魔が出る。雁は国境に掌固を置き始めたそうだ」
「──妖魔が出るようじゃ、もうそろそろね」
 渋い顔でそう言って、珠晶は軽く溜息をついた。利広は真顔で頷く。
「荒民対策をしたほうがいいと思う」
「そうね。芳のために備蓄を残してあるから。芳は、仮朝が頑張っているから、思ったよりも荒民が出ていないのよ」
 利広の忠告を、珠晶は素直に肯定した。新たな情報に、利広は面白そうに相槌を打つ。
「そうなんだ」
「そうよ。芳の恵州侯に、玉座の簒奪を勧めた甲斐があったわ」
 そう言って珠晶は胸を張る。女王が語る剣呑な話に、利広は少し眉を顰めた。
「──珠晶」
「だって、芳から荒民が溢れて困るのは、このあたしなのよ」
 非難の目を向ける利広を睨めつけて、珠晶はきっぱりと言い切った。利広は肩を竦めて苦笑した。
「そりゃそうだけどね」
「ところで──」
 珠晶は再び茶杯を取上げる。一口飲んで、珠晶はまた問うた。
「白端がお土産ってことは、慶にも寄って来たのよね。あそこも女王でいらしたわよね。どうだった?」
「ああ、なかなかよい感じがしたよ。まず、初勅が奮ってる」
 楽しげに利広は語りだした。珠晶は小首を傾げて問い返す。
「初勅が?」
「うん、伏礼を廃す、だって」
「はあ? 伏礼を廃して、いったいどうするの? 跪礼と立礼だけなの?」
「そうだけど、民に、頭を下げるな、なんていった王は初めてじゃないかい? 気概を感じたな」
「ふうん……」
「内乱もご自分で平定されたそうだよ。延王に目をかけられた武断の女王だそうだ」
 俄然饒舌になる利広に、珠晶は肩を窄める。やはり、と己の推察を確信に変えた。
「──自分のことのように話すのね。なんだか会ったことがあるみたいに」
「嫌だなあ、珠晶。そんなわけないよ」
「利広、もう一度言うわ」
 にっこりと爽やかな笑みを見せる利広に、珠晶は優しい笑みを返した。それから、語気鋭く断じる。

「身の程を弁えなさい。高望みは駄目よ。──ほんとに不遜な男だわ。自覚なさいね」

「珠晶……私の傷心なんか訊かないんじゃなかったかい?」
「──だって、しょうがないじゃない。それが利広の本題なんでしょ?」
 言って珠晶は溜息をつく。訊いた利広は大きく笑う。おもむろに茶杯を持ち上げ、珠晶の茶杯にかちんと合わせる。そして陽気に言った。

「──女王さまに完敗」

2007.01.12.
 某所さまのお祭参加作品第3弾でございます。 御題其の六十「傷心旅行」及び其の六十一「傷心旅行、その後」の続きにあたります。
 実は拍手其の四十七「風来坊が齎す報せ」を大幅加筆修正した代物でございます。 長編「黄昏」第27回を書きながら、お祭に逸る心を抑えきれず書き流したのでした。
 珠晶と利広には、兄妹、というより「姐弟」でいてほしい……。 そんな私の煩悩が遺憾なく発揮されている、かも。
 尚、「利広の傷心」についての詳細は、既に執筆済みでございます。 よろしければ連作「僥倖」より、中編「僥倖」及び短編「邂逅」をご覧くださいませ〜。 (注意書きを読んでからご覧くださいね!)

2007.01.15. 速世未生 記
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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