「連作慶賀」 「玄関」 

贈 物

「最近の蓬莱の祝言はな、いろいろあるらしいぞ」

 金波宮との打ち合わせを終えた延麒六太が、奇妙な本をめくりながらそう言った。書簡をしたためていた延王尚隆は、手を止めて六太を見上げた。
「──例えば?」
「特別な花嫁衣裳を着たり、新居を構えたり。そんでもって、二人で旅に出かけたり、とか」
「──当日は大袞で正装だぞ。新居も準備中だろう。──二人で旅は、そのまま雁に連れてくればよいし」
 尚隆は、伴侶である隣国の慶東国国主景王陽子との秘めた恋を、公にすると決めた。それに伴い、玄英宮に後宮を用意させている。そして、伴侶の住まう金波宮には、尚隆のための宿舎が密かに準備されているはずだった。

「指輪の交換、とか」
「──指輪?」

 薄い本に目をやりながら、六太はのんびりと続ける。聞きなれない言葉に、尚隆は首を傾げて問うた。
「蓬莱では、既婚の女は左手の薬指に指輪をするそうだぞ」
「──ほう。そんな習慣はなかったな」
 尚隆は感心したように相槌を打つ。六太は小さく溜息をつき、蓬莱から集めてきたという資料を寄越した。膨大な量のそれを見て、尚隆は大笑いする。
「よくまあ、こんなものをこんなに用意したものだな」
「だって、陽子が喜ぶ顔を見たいじゃないか。だいたいお前は乙女心を理解しなさすぎるんだよ」
 六太は嫌そうな顔をして尚隆を睨めつけた。いつも男物の官服を纏い、颯爽と歩く隣国の女王を思い浮かべ、尚隆は笑みを見せる。
「乙女心、か。お前は理解できるというのか?」
「お前よりはマシだと思うぜ。お前もそれ見て少しは勉強しろ」
 そう言い置いて六太は出ていった。尚隆は苦笑を浮かべてその後ろ姿を見送った。

 書簡を書き終えた尚隆は、六太が残していった資料を手にとって見た。華やかに着飾った女がにっこり笑っている。今の蓬莱は、こんな奇妙な衣装を身に着けるのか。随分変わったものだ、と尚隆は苦笑する。ただ、変わらぬものがあった。それは、純白の、花嫁衣裳。
 常世では不吉な色とされる白が、花嫁の纏う色であることは変わらないのだ。そう思い、尚隆は遠い昔──己が知る蓬莱に想いを馳せる。海辺の屋形で、白無垢を纏った陽子を左に置き、正装した己の姿──。
 尚隆は再び苦笑を浮かべ、軽く首を振った。蓬莱にいたならば、尚隆と陽子は出会うことすらなかったのだ。それでも、己と同じく、異郷を胸に抱く伴侶を想った。そういえば、左手を眺めて小さく溜息をつく伴侶の姿を見たことがある。──そういう意味だったのか。
 その普通の乙女らしい願いを、叶えてやりたい気分になった。尚隆は微笑を浮かべ、下官を呼び寄せた。

* * *    * * *

 全ての準備を整え、延王尚隆は伴侶の治める慶国を正式訪問する。麗しき女王に、公の場で求婚するために。尚隆の思惑どおり、景王陽子は驚愕し、躊躇し、そして喜涙を流したのだった。
 金波宮で蜜月の何日かを過ごした後、延王尚隆は景王陽子を伴って帰国した。そして、羞じらいに頬を染める美しき伴侶を自国でお披露目した。
 延麒六太は満面の笑みにて己の半身の伴侶を出迎えた。雁の官吏たちも、主の伴侶となった隣国の女王を温かく迎えいれた。そして、麗しき女主人のために設えられた後宮へと案内した。

「──なんだか、落ち着かないな」
 いつも掌客殿にいたからね、と伴侶は照れた笑みを見せた。それでも、玄英宮の後宮の主となったことを、伴侶が嬉しく思っているのは見てとれた。尚隆は微笑して小さな化粧箱を取り出した。
 伴侶は不思議そうに小首を傾げ、螺鈿細工の美しい箱を見つめる。尚隆はおもむろに箱を開け、伴侶に差し出した。

「お前に贈り物だ」
「──え?」

 少し驚いた伴侶の左手を取り、銀色に輝く指輪を薬指にはめる。伴侶は頬を朱に染めて、左手を見やる。それから、大きく目を見張って尚隆を見上げた。
「──これ」
「蓬莱では、花嫁は祝言のときに指輪をはめるのだろう?」
「──どうして」
「もう、隠す必要もないからな」
「──ありがとう……」
 伴侶は輝かしい瞳を潤ませて囁き、尚隆にそっと口づけた。武断の女王の思わぬ反応に、尚隆はにやりと笑みを浮かべた。
「襦裙を嫌がるくせに、装飾品は喜ぶのか?」
「それとこれとは話が違うだろう」
 左手の薬指にはめる指輪は特別なものなのだ、と伴侶は少し口を尖らせた。そんな子供じみた所作に笑みを返し、尚隆はその朱唇に口づけを落とす。伴侶はそれを拒まなかった。

「──私、貰ってばかりだね。あなたに、なんにも返してあげられないよ……」

 小さく溜息をついて、済まなそうに見上げる伴侶の瞳には涙が滲んでいた。尚隆は微笑し、輝けるその双眸を覗きこむ。

「お前からの贈り物は、もう受け取っている」

 そう、見開かれる潤んだ翠の宝玉を、もうとっくに手に入れている。何よりも尊く得がたい、輝ける翠玉の瞳と、煌く清麗な涙を。

 伴侶はその意味を図りかね、困ったように小首を傾げる。未だ己の価値を知らぬ、麗しき紅の女王。そんな伴侶に人の悪い笑みを返し、尚隆はまた、甘い口づけを贈った。

2006.09.24.
 「1周年記念リクエスト」第4弾、短編「贈物」をお届けいたしました。 秋の夜長に、甘めのお話をどうぞ! ──と去年もどこかで書いたような。
 「慶賀」連作の続きにあたるお話でございます。 玄英宮での出来事ですが、後宮話は別口にまた書こうと思います。
 長編「黄昏」第12回に詰まり、あっという間に仕上がりました。 最初と最後だけ書いて放ってあったというのに……。
 お気に召していただけると嬉しいです。
 ──今気づきました。しゅ、主人公の指定は「陽子」でしたね!  わあ、「尚隆」で書いちゃった! ごめんなさい〜。

2006.09.25. 速世未生 記
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
「連作慶賀」 「玄関」