「尚陽小品」 「尚陽祭」 「玄関」

聖 夜

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 あなたの国にも安寧を――。

 郊祀の日、王は国のために己を捧げて祈る。国に安寧を、と。儀式を終えて、正装に身を包んだ延王尚隆は、東の空を見やった。
 隣国の女王も、こうして国や民のために祈りを捧げているのだろう。そして、麗しき我が伴侶は、他国のためにも祈るのだ。景王陽子の柔らかな声が聞こえたような気がして、尚隆は唇を緩めた。そうして胸で密やかに囁く。

 お前の国にも安寧を。

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 冬至が無事に終了した。新年に向けて、多忙な日々が過ぎていく。そんな中、ぽっかりと予定が空いた日があった。これ幸いとばかりに、延王尚隆はこっそりと自室に騎獣を引き入れた。そのまま露台に向かい、騎獣に跨ったそのときだ。

「今夜は贈り物を持って行けよ。特別な日だから」

 いきなり後ろで声がした。が、尚隆は敢えて振り返らなかった。声の主は分かっている。王の半身、延麒六太だ。千載一遇の出奔の機会。邪魔をされては堪らない。尚隆は顔を蹙めて身構えた。しかし。
「陽子によろしくな」
 珍しくも悪態ひとつつくことなく、六太はそう続ける。尚隆は怪訝に思って振り向いた。すると、六太は片目を瞑って楽しげに笑っている。尚隆はにやりと笑みを返し、片手を挙げてそれに応えた。そして騎獣を促し、軽々と蒼穹へ舞い上がったのだった。

 疾く、疾く。転変した麒麟の次に足の速い騶虞すうぐを駆り立てる。隣国は遠い。しかも、愛しき伴侶は慶東国国主。会いたいときに気軽に会える女ではない。だからこそ、こうして心のままに空を疾走することが必要なのだ。
 雲海の上を駆け続け、高岫山をも越えて、伴侶の住まう金波宮へと向かう。壮麗な宮殿が見えた。目指す堂室の露台にふわりと降り立ち、そっと大きな窓を開けて身を滑りこませた。
 女王の暖かな堂室は、馥郁とした茶の香りに包まれていた。我が伴侶は、手ずから茶を淹れてひと息ついていたのだろうか。尚隆の姿を認めた宮の主は、翠の瞳を大きく目を見張って小さく呟いた。
「──どうして?」
「暇ができたからな」
 尚隆は唇を緩めて簡潔な応えを返した。そして華奢な身体を躊躇なく抱きしめる。伴侶は、ほう、と大きく息をついて尚隆に身を預けた。

「――めりーくりすます」

 密やかな声がした。意味が分からない。蓬莱の言葉だろうか。視線で訊ねると、伴侶は何も言わずに眩しい笑みを見せた。思わず見蕩れて口籠る。そんな尚隆の首に、伴侶は細い腕をそっと絡めた。常ならぬ積極的なその誘い。尚隆は笑みを浮かべ、瑞々しい朱唇に口づけを落とした。
 久々の逢瀬。愛しい女と見つめあい、抱きしめあった。柔らかな身体はしなやかに尚隆の愛撫に応える。尚隆は煌めく翠の宝玉に酔いしれた。そして、滑らかな素肌を存分に堪能した。

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「めりーくりすます、とはどういう意味だ?」
 情熱が果てた後、尚隆は優しい沈黙を破る。腕の中の伴侶は微笑し、嬉しげに蓬莱の行事について語った。華やかな飾、心躍る楽、賑やかな宴、そして交わされる贈り物。家族や恋人と過ごす楽しい夜。
「本来は、異国の神さまの誕生日なんだけどね」
 子供の頃はほんとうに贈り物やお菓子が楽しみだった、と伴侶は笑った。聞いて尚隆は納得する。そういえば、六太が出掛けに特別な日だと言っていた。あれはいつもの揶揄ではなく、ほんとうのことだったのか。
「――何も持たずに来て悪かった」
 会いたい気持ちだけで高岫を越えてきた。土産のひとつも持たずに。求めるだけで、与えることなど考えもせずにいた。しかし。

「ううん、あなたが来てくれて嬉しかった」

 素敵な贈り物だよ、と続けて伴侶は頬を染める。尚隆は破顔した。いつになく素直で可愛らしい伴侶をきつく抱きしめる。そして、甘く長い口づけを贈った。唇を離してまた見つめあう。

「――めりーくりすます」

 言葉を交わし、微笑みを交わし、口づけを交わす。互いの熱を分かちあい、ふたりは初めての甘い聖夜を心から楽しんだのだった。

2013.12.24.
 小品「聖夜」をお届けいたしました。 こちらも昨年纏めきれずに御題で出した代物でございます(苦笑)。
 甘い。お昼に仕上げるにはキツイお話でございました。 お楽しみいただけると嬉しゅうございます。

2013.12.24. 速世未生 記
背景素材「幻想素材館Dream Fantasy」さま
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