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王 道おうのみち

(……見つけた)
(あなただ)
(……お捜し申しあげました)

 景麒が現れたあのときから、陽子の目の前に、道は一本しかなかった。いや、違う。漆黒の闇に独り立たされたあのときから、それは既に始まっていたのだ。
 それから、陽子はその道を歩み続けた。暗闇の中、手探りで、時に泣き叫び、時に諦めに乾いた笑みを浮かべつつ。そして。

(迷うなよ、お前が王だ)

 いつも胸に響く力強い声を導きの光として──。

* * *    * * *

 冬の淡い陽射しに煌く雪原。陽子は感嘆の溜息をついた。眩しさに手を翳す。それでも瞳に涙が滲むほど、きらきらと輝く一面の銀世界。

 ああ、光も闇も大差ない。

 目の前が見えないのならば、昏い闇の中も、煌く光の中も、どちらも同じこと。そして、もうひとつ気づいたことがあった。
 目の前には、いつも道があるのだと思っていた。選びようのない、戻ることのできない、進むべきただ一本の道があるのだ、と。けれど。

 王が進む道は、途なき道。

 まだ誰も足を踏み入れていない、煌く白銀の雪原を見下ろして、陽子は薄く笑む。目の前には、途なき道が無限に広がっている。道を作るのは、王である己自身なのだ。

「ねえ、この途は、まるで、私たちが歩む道のようだね」

 隣に立つ伴侶にそう告げる。訝しげに見下ろす隣国の王を見つめ返し、陽子は笑い含みに続けた。
「王が歩む道って、こんなふうに途なき道のような気がする」
「──なるほどな」
 稀代の名君と称えられる雁国の王は、そう言って己の国土を見下ろした。冬の廬にさえ人が住むことができる、安全で豊かな国を。
 陽子は笑みを浮かべるその横顔をじっと見つめた。荒れ果て、何もなかった国を興し、ここまでにしたという偉大な王。陽子の登極を助力し、王の自覚を促してくれたひと。
 この大きな背を追いかけてきた。追いつくことなど、無理かもしれない。けれど、陽子は、己もまた一国を背負う王なのだと、もう気づいていた。眼下に広がる雪原に視線を移し、陽子は呟く。

「──私は、こうやって並んで立って……あなたが見るものを一緒に見つめてみたい」

 この強い腕に守られるだけでなく。この広い背に教えられるだけでなく。そして、未熟な己を卑下することなく──。

「お前はそう言うがな」
 延王尚隆は笑いながら陽子を見つめる。その眼は深く優しい色を湛えていた。陽子は訝しげに伴侶を見上げる。五百年の長きに渡り玉座に君臨する王は、楽しげに告げた。

「そういうお前こそ、俺に見えぬものを見つめているのだぞ」

 陽子は瞠目し、破顔する伴侶を凝視した。それから、ゆっくりと笑みを浮かべた。

 このひとは、未熟な王に、自信すら与えてくれる──。

 それから、景王陽子は延王尚隆と手を繋ぎ、眩しい雪原に一歩を踏み出した。そして、伴侶と肩を並べ、まだ誰も足を踏み入れていない広い雪野原を歩く。途なき道に、ふたつの足跡を残しながら、果てしなく続く未来に向かって。

2008.03.03.
 アンケートご協力御礼小品「王道」をお送りいたしました。 といいつつ、長編「燠火」第9回第18章の陽子視点だったりいたしますが。
 王と王だからこそ、互いに認め合い、高め合って歩んで行って欲しい。 そんな願いを籠めて書きました。
 アンケートにご回答くださり、「御礼小品」をご希望の皆さま、こんな粗品でよろしければ どうぞお持ち帰りくださいませ。 ご協力ありがとうございました!

2008.03.03. 速世未生 記
背景画像「工房 雪月華」さま
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