雪 遊
松並木はふんわりとした綿帽子を被っていた。時折鳥が飛び立つと、しなる枝から粉雪が舞う。それは淡い陽光に照らされてきらきらと輝いた。ひととき、白い世界が銀色に煌めく。陽子はそんな美しい冬の情景をうっとりと眺めていた。
「陽子」
名を呼ばれて振り向くと、肩に冷たいものが当たって落ちた。驚く陽子の眼に映った者は、雪玉を手にして人の悪い笑みを浮かべる伴侶。陽子は呆れ顔で伴侶を見つめ返した。
「びっくりした」
「――じっとしていると身体が冷える」
尚隆はそう言って子供のように笑う。楽しげなその貌は、陽子に面白い意趣返しを思いつかせた。陽子は悪戯好きな伴侶ににっこりと笑みを送る。そして雪道を駆け出した。
「こら、転ぶぞ」
「そう簡単に転ばないよ」
追いかける声を背中で確認し、陽子は振り返ることなく走り続ける。待て、という声が近づいたとき、陽子は思い切り手を伸ばして松の枝を引っ張った。すぐに手を離して走り抜け、後ろを確かめる。
「――うわ」
しなった松枝は戻りながら盛大に粉雪を散らした。銀色に輝きながら舞い降る雪は、陽子に手を伸ばしかけていた伴侶を包みこみ、たちまち真白に染める。陽子は歓声を上げた。
「さっきのお返しだよ!」
首尾よく悪戯を成功させた陽子は、腰に手を当てて満面の笑みを伴侶に向ける。しかし、伴侶は動かない。陽子は首を傾げた。どうしたのだろう。怒らせたのだろうか。いや、先に仕掛けてきたのは伴侶の方だ。陽子は胸を張り、仁王立ちのまま伴侶を見守る。やがて、伴侶はおもむろに口を開いた。
「陽子」
「なに?」
陽子は警戒しつつも尊大に応えを返す。伴侶はゆらりと動き出した。陽子の背に緊張が走る。が、敢えてそのまま近づく男を待ち受けた。
伴侶は陽子の前で立ち止まり、身体を覆う雪を払いつつも爽やかな笑みを見せる。常ならぬ笑顔は、陽子をいっそう緊張させた。それでも肩を聳やかし、陽子は伴侶の次の言葉を待つ。
「冬の花は綺麗だな」
そう言い様に伴侶は陽子を引き寄せる。よろめく陽子をそのまま己の胸に収め、伴侶は低く笑った。相変わらず意味の分からない反応に、陽子は眼を白黒させる。
「なかなか面白い趣向だった」
「――それはどうも」
率直な感想は陽子をますます困惑させる。なんと返してよいか分からずに言葉を発した陽子の上に爆発的な笑声が降ってきた。
「お前といると、退屈する暇がない」
よい伴侶を持った、と続け、伴侶はまた笑う。陽子は口を尖らせて反論を試みた。
「莫迦にされてるとしか思えないんだけど」
「こんなに誉めているというのに」
楽しげな囁きとともに唇が落ちてきた。少し冷たい伴侶の唇は、言葉と裏腹に甘い想いを伝える。陽子は広い背に手を回し、熱い口づけに応えた。
2013.12.27.
「突発ぷち尚陽祭」最後の作品をお送りいたしました。
御題其の百九十「雪華紅花」の陽子視点になります。
お解りでしょうが、天然陽子主上は私の萌えツボでございます(笑)。
皆さまにもお楽しみいただければ幸いでございます。
2013.12.27. 速世未生 記