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星 願ほしにねがいを

七夕の夜には 星に願いを籠めて 空を見上げる

口に出せぬ言葉を 短冊に したためて

wish you were here

あなたに ここに いてほしい ……

* * *    * * *

「陽子……?」
 今日最後の仕事を終えて暇乞いをしようとしていた鈴は、露台に主を見つけて声をかけた。陽子はぼんやりと夜空を眺めていた。
「ああ、鈴」
「どうしたの? ぼんやりして」
「今日は七夕だな、と思って空を眺めていたんだ」
 言って陽子はふわりと笑う。少し翳りを帯びた笑みは、いつもの陽子らしくなくて、鈴は少し驚いた。そのまま夜空を見つめ続ける陽子の横顔から、鈴も視線を上に移す。
 普段、つくづくと見ることもない、見慣れてしまった空。蓬莱とはまるで違う星空を眺め、鈴は小さな溜息をつく。蓬莱からやってきて間もない陽子は、この空に故郷の星を捜していたのだろうか。
「──蓬莱が、恋しくなっちゃった?」
 鈴はその問いを、思わず口に出して訊いてしまった。陽子は目を見開いて振り返る。それから、花ほころぶような笑みを見せた。
「ううん、そうじゃない」
 陽子は勁い瞳を煌かせてそう言った。そしてまた輝く星空を見上げる。
「織姫と彦星が、ちゃんと会えたらいいなって思っただけ」
 溜息のような微かな声で、陽子は呟いた。そんな陽子こそが、彦星を待つ織姫のように見え、鈴はしばし黙す。

 もしかして、陽子も、心に秘めた誰かを待っているのかもしれない。

 ふと、そう思った。だから鈴は、そっと応えを返した。
「──大丈夫、ちゃんと会えているわよ」
「ありがとう、鈴……」
 小さく礼を述べた陽子の横顔が、泣きそうに笑う。

 陽子、今、誰を想っているの……? 

 鈴はそう訊ねたい気持ちに駆られた。けれど。
 一言、おやすみ、と告げて、鈴は陽子の許を辞す。おやすみ、と柔らかな声が鈴を送った。

 帰る道すがら、鈴は夜空を見上げて溜息をついた。昼には闊達な笑みを見せる陽子の物思いは、いったい何なのだろう。そんなことを考えながら、鈴は太師邸に戻った。
「おかえり、鈴」
「おかえり」
 いつものように桂桂の明るい声が鈴を迎えた。次々にかけられる声の中から、鈴は目指す声を聞き分ける。声の持ち主は、大らかな笑みを向けていた。ただいま、と返しながら、鈴は胸に灯る温かなものを抱きしめる。そして、陽子の泣きそうな笑みを思い出し、そっと己の肩を抱いた。
「鈴、どうした?」
「──ううん、なんでもない」
 不思議そうに訊ねる虎嘯に笑みを返し、鈴は明るく言った。

 七夕には竹に願い事を記した短冊を吊るして祈るのだという。今ここに竹はないけれど、想いを籠めて書き綴ろう。鈴は細く切った紙に、拙い字で書きつけた。

 陽子の願い事が叶いますように──。

2007.08.06.
 サイト改装していたら、去年時限アップした「暑中見舞い」が出てまいりました。 七夕に寄せて書いた陽子視点の散文でございます。 懐かしさに見入っておりましたら、鈴が語ってくれましたので、纏めてみました。
 北の国では8月7日が七夕なのです(一部地域では7月7日だそうですが)。 そして、竹がないため、柳の木に五色の短冊を吊るすのですよ。 季節外れとお思いでしょうが、どうぞお許しくださいませ。

2007.08.06. 速世未生 記
背景画像「深夜光房」さま
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