夢 現
* * * 第二夜──
泡影
* * *
夢か、現か、それとも幻なのか──。
走り去ろうとする華奢な後ろ姿。緋色の髪が靡く。彼女が逃げれば逃げるほど、追いかけたくなる。追いかけて、追いつめて、捕まえて、そして──。
細い腕を掴んだ。振り向いた彼女の見開かれた瞳。思わず抱き寄せ、口づけを落とす。弱々しく抗うその身体をきつく抱きしめた。
「嫌、離して──」
唇から洩れる微かな声。涙に潤んだ翠の瞳を見つめ、ゆっくりと首を振る。捕まえた。離さない。もう、逃がさない。君を奪いつくすまで。
小さな溜息。諦めたように閉じられた瞳。そして流される一筋の涙。腕の中に閉じ込めた華奢な肢体を確かめる。柔らかな肌、細い喘ぎ──。
不意にその身体が消え失せる。いかに抱きしめても、いくら口づけても、己がものにしてさえ、彼女はこの腕をすり抜ける。
「私は誰のものでもないよ」
紅の光を纏う鮮烈な女王は艶麗な笑みを見せる。その輝ける翠玉の双眸に誘惑の色を湛えて。
追いかければ追いかけるほど、彼女は遠ざかる。鮮やかな微笑だけを残して──。
* * * * * *
「──まいったな」
目を覚ました利広は溜息をつく。また夢を見た。生々しく残る彼女の温もり。芳しい髪の香り。瑞々しい唇の感触。そして、甘い吐息──。
あれは、一度きりの僥倖。泡沫の夢。夢を見れば見るほど、想い出は甘く切ない。
もう眠れないだろう。利広は臥牀から起き上がり、酒を注いだ。酒盃を傾けながら、夢を反芻する。彼女は泣いていた。涙など想像できない女だというのに。
──泣かせてみたいのだろうか、あの武断の女王を。
利広は自嘲の笑みを浮かべる。こんなにも彼女に捕らわれている。ただ一度の逢瀬だからこそ。
利広は微笑む。そう、いつかまた。天の配剤を、巡り合わせを待とう。
「──いつかまた会おう、陽子」
その面影に、利広は酒盃を上げた。
2005.09.14.
夢現──誰が夢を見るのでしょう。第二夜──今回は利広でした。
筆に任せて書いてみましたが、なかなかめげない御仁ですね、この方は。
だから好きなのかな……。
2005.09.14. 速世未生 記