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夢 現ゆめうつつ

* * *  第三夜──予兆  * * *

 漆黒の闇。
 そして水面に滴る雫の音。
 背筋が粟立つような不気味な気配。

 昏い闇の中、油断なく身構える。耳が痛くなるほどの静寂。蟀谷に滲む汗。そして気づく。己の手の中に水禺刀がないことに。

 ──この感覚には、憶えがある。

 そう、蓬莱で、毎夜見続けた夢。あのとき、身動きひとつできず、暗闇に立ち尽くしていた。襲いくる妖魔を、なす術もなく見つめていた。

 今も同じなのか。あのときと同じように、迫りくる運命に流されてゆくのか。いや、違う。ただ流されたりしない。

 水面を叩く雫の音。

 ──水禺刀はどこだ? 何を語りたいのだろう。

──闇に淡く浮かび上がる燐光。その光が映し出すものは──。

* * *    * * *

 陽子は飛び起きた。
「──どうした?」
 隣で眠っていた尚隆が声をかける。
「──夢を見た」
 息が荒い。嫌な汗をかいている。だが、夢の内容を思い出すことは出来なかった。何か、大事なことだったような気がするのに。
「ただの夢だ」
 尚隆が微笑む。──呑まれるな、と眼が語る。陽子は首を振る。妙に暗示的な夢。
「でも……。──!」
 強い力で引き寄せられ、唇を塞がれた。抱き寄せる手が、何も考えるな、と囁く。身体がそれに応える。あなたのことだけ、考える、と。

「──思い出した」
 溜息のような微かな声。尚隆は視線で問う。
「さっきの、夢。──天の声を聞いた」

 お前はあの男に下賜された贄。荒ぶる心を鎮めよ。そして、あの男はお前の枷。置いて逝くことはできまい。──互いに互いを封じあうがよい。

「贄と枷だって。互いに封じあう、なんて、まるで水禺刀だね、私たち」
 陽子は自嘲気味に笑う。尚隆は口許に歪んだ笑みを浮かべた。何も言わずに陽子を抱き寄せる。やがて、低く囁いた。

「──案ずるな、ただの夢だ」

 ──その双眸には、昏い深淵が横たわっていた。

2005.09.14.
 夢現──夢を見たのは誰でしょう。第三夜──陽子です。 夢を見たのは陽子でも、予兆を感じたのは尚隆でしょう──。

 夢現の中でも、最初に形ができたのは、今回の「予兆」です。 この予兆が予兆で済みますように。

 長編「黄昏」第38回で、尚隆がこの夢を思い出しておりました。 ずっと時代を特定できずにいましたが、「黄昏」より前であることが判明いたしました。 (2007.08.18.追記)

2005.09.14. 速世未生 記
背景素材「篝火幻燈」さま
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