短 夜
夜は森々と更けゆく。延王尚隆は景王陽子の堂室で、独り酒盃を傾ける。その酒は、陽子の側近である女御鈴からの心尽くしの差し入れてあった。
堂室の主はなかなか戻ってこない。無聊の慰めに、もってこいだな。そうひとりごちて、尚隆は手酌で酒を飲む。
伴侶の堂室で酒を飲める日が来ようとは。
そう思い、尚隆は薄く笑む。やがて。
「──尚隆」
出かけたときとは別人のように明るい顔で、伴侶は堂室に戻ってきた。榻の隣に腰掛けた伴侶に軽く口づけを落とし、尚隆は微笑した。
「──元気が戻ったようだな」
「うん。浩瀚は、私には勿体ないくらい、よい臣だ」
景王陽子はそう言って鮮やかな笑顔を見せた。冢宰浩瀚の困惑を思い、尚隆は苦笑した。
迷惑をかけた冢宰に謝罪したい──深更にそう言い出した伴侶を、尚隆はあえて止めなかった。謝りたいと思う気持ちのほかに、何故浩瀚が秘め事に気づいたのかを知りたい気持ちがあるのだろう、と察しはついていた。それを問うのは、明るくなってからでは気まずいだろう。
浩瀚は答えるまい。
それは分かりきっていた。物の道理を弁えている男だ。臣としての己を頼られていることを知りながら、主を困らせることなど、できはしないだろう。例え主の伴侶にいい感情を持っていなくても。
伴侶を抱き寄せ、甘く口づける。心を騒がす憂いを払った伴侶はことのほか美しかった。無垢で純真な伴侶を、尚隆はこよなく愛しんだ。己が望まぬ色を受けつけない勁さを持つこの娘は、正に己を統べる王だ。それ故に無防備な姿を曝しても、誰にもその純粋さを冒されることはない。
冢宰浩瀚は側近中の側近であるという己の立場を貫いたに違いない。景王陽子の憂いを晴らし、私には勿体ない、と言わしめるほどに。
「──よい臣を持ったな」
「うん。でも、雁にはあげないよ」
「そんなことはせぬよ。第一、あの男がうんとは言うまい」
悪戯っぽく笑う伴侶に苦笑を見せ、尚隆は長い口づけを送る。たまさかの逢瀬。空はあっという間に白んでいく。夜が明けるまでに、用意された掌客殿に戻らねばなるまい。甘い短夜を惜しみ、尚隆は愛しい伴侶をきつく抱きしめた。
2005.11.11.
「残月」「所顕」の直後で、「景福」の尚隆サイドのお話です。
「景福」で浩瀚がずいぶん延王尚隆を気にしていたので、私も気になりました。
いったい何をしてるのかな〜と思いながら、すぐに書き流してしまいした。
やはりお酒飲んでましたね。「秘密」じゃなくなったので、もてなしてもらえる!
そして、やっぱりな〜という仕上がりになりましたね。はい、そうです。
私が尚隆を好きなんです。ごめんね、浩瀚……。
2005.11.12. 速世未生 記