答 酬
「なあ、浩瀚はどうして気づいたんだ?」
卓子に頬杖をついた景王陽子が不意にそう問うた。冢宰浩瀚は筆を持つ手をしばし止めて主を見やった。主の輝かしい翠玉の瞳は真っ直ぐに浩瀚を見つめていた。何時かは必ず訊かれることだと分かっていた、案外遅かったな、と心の中で呟き、浩瀚は微笑した。
「何を、でございますか?」
「──浩瀚は、案外人が悪い」
分かってるくせに、と主は悪態をつく。もちろん、浩瀚は分かっている。主は、何故浩瀚が主の秘めた恋を知っていたのか、と訊ねているのだ。そんな主に、浩瀚は笑みを見せる。
「どうしてだとお思いになりますか?」
「──それが分からないから訊いてるんだけど」
主は難しい顔してそう言った。楽俊だって気づかなかったのに、と小さな声で付け加える主に、浩瀚はくすりと笑う。なんとも子供っぽくも愛らしいしかめっ面であった。
「──浩瀚。笑ってばかりいないで、私の問いに答えなさい」
細い指を浩瀚に突きつけ、主は強い口調でそう命じた。浩瀚は真面目くさった顔をした。
「そうですね……。主上のご様子はいつもどおりでした。ですが、台輔が」
浩瀚は一度言葉を切る。さて、どう説明したものか。本当のことは言えない。だが、主に誤解を与えてはいけない。それではいつも主を心配し続けている台輔がお気の毒だ。
「──あの方がお越しになると、台輔が落ち着かないご様子で……。それからでしょうかね」
「──景麒のせいだったのか」
主は舌打ちした。しかし、主はふわりと表情を緩め、小さく呟いた。
「それなら仕方ないかな。──景麒には心配をかけてたから」
「──台輔はいつも主上を心配なされてますよ」
「心配性すぎるんだ」
主はそう言って軽く顔を顰めた。浩瀚は微笑する。台輔の心配は故なきことではない。前国主を己への恋着で亡くしている台輔が主の恋を案じても無理はない。
「──浩瀚も心配したか?」
主はそう言って浩瀚を上目遣いに見つめた。浩瀚は苦笑する。 私はお前に叱られると思っていたのに、主はかつてそう言った。 浩瀚は主をそう意味で心配したことはなかった。
慶東国国主景王陽子は勁い心を持つ王だ。生真面目で、ひたむきで、いつも国の安寧に心を尽くしている。そして、主の伴侶は隣国の偉大なる王。
かの方が偉大であればあるほど、主はかの方に恥じない王であろうと頑張るのだ。 そして、浩瀚は一途な主を眩しく見上げる──。
「主上、私は、台輔のような心配をしたことは、ございません」
「へえ、何故?」
「──内緒です」
「──浩瀚は、案外意地悪だよなあ」
主は口を尖らせた。その可愛らしい仕草に、浩瀚はまた苦笑する。その理由を言われては、主が困るだろう。そんなことは主には思いもよらないことなのだろうが。
いつも主上を見つめております。
浩瀚は心で呟き、密やかに微笑した。
2006.12.01.
「景福」「短夜」後のお話です。
あの後、結局陽子の疑問は解消されてないよな〜と思いまして。
尚隆と浩瀚は解っているでしょうが。
陽子主上の疑問を解消すべく書いていたお話です。
今回、PC整理をしていたら見つけたので、アップしてみました。
2006.01.10. 速世未生 記