となえさま「7万打記念リクエスト」
童 話
* * * 1 * * *
「──よう」
ある晴れた日、景王陽子の執務室に陽気な声が響いた。陽子が顔を上げると、そこには隣国の宰輔が笑って立っていた。
「六太くん、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「土産を持ってきたんだ」
そう言って六太は満面に笑みを浮かべる。首を傾げた陽子の前に差し出されたもの。それは、蓬莱の絵本だった。陽子は懐かしさに顔をほころばせた。
「わぁ。どうしたの? これ」
「ちょっとな。蓬莱へ行って来たもんだから。けどさ、おれは蓬莱の文字を読むのは苦手なんだ」
そう言って六太は笑う。暗に朗読をねだっているようだった。陽子は笑って頷いた。
「じゃあ、私が読むね。ああ、せっかくだから、桂桂にも聞かせてあげたいんだけど」
「もちろん」
六太は快く頷いた。陽子は早速下官を呼び寄せて桂桂に伝言を頼んだ。
程なく桂桂が現れた。蓬莱の絵本を読んであげる、と声をかけると、桂桂は嬉しそうに頷いた。その純真な笑顔に、陽子もにっこりしたのだった。
卓子に茶と茶菓子が用意された。陽子は榻に腰掛け、向かいに坐るよう桂桂を促す。六太は当然のように小卓に腰を下ろし、いつでもいいぞ、と笑った。
* * * 2 * * *
「何でも黄金になる話」
陽子はゆっくりと語り出した。桂桂は期待に満ちた顔をして身を乗り出した。
「昔々、ある国に業突張りの王さまがおりました。ある日王さまは、神さまからひとつだけ願いを叶えてもらえることとなりました。喜んだ王さまは、触れると何でも黄金になる力がほしい、と願いました。そして神さまは、その願いを聞き入れたのでした……」
「──莫迦な王もいたもんだ」
小卓の上に坐りこみ、腕を組んだ六太がぼそりと呟いた。陽子はそれを無視して続きを読んだ。
「──王さまは、木の枝に触ってみました。すると、その枝は瞬く間に黄金になりました。喜んだ王さまは、林檎や石や芝生を、次々と黄金に変えていきました……」
「ほんとうに業突張りな王だな」
六太ではない明朗な男の声がして、陽子ははっと顔を上げた。いつの間に入ってきたのか、堂室の入り口には延王尚隆が立っていた。首を巡らせた六太は驚きもせずに己の主に声をかける。
「なんだ、お前も来たのか」
「──面白そうだったからな。ああ、陽子、俺のことは気にしなくてよいぞ」
大股に歩み寄りつつ、尚隆はそう言って笑う。陽子は、困惑して隣国の主従を見つめる桂桂に笑みを見せた。そして、尚隆が腰を落ち着けたことを確認し、朗読を続けた。
「──やがて食事の時間がきました。王さまが手に取ると、パンはあっという間に黄金になってしまったのでした。慌てた王さまは杯を手に取りました。器は黄金になりましたが、中の酒は透明なままでした……」
陽子が息継ぎをすると同時に、六太は半畳を入れる。尚隆は無論それに応戦した。
「──やっぱり莫迦だな。尚隆より莫迦かも」
「お前は相変わらず失礼な奴だな。俺にだって分かるぞ。触れた瞬間に黄金に変わるのだろう?」
「へえ、莫迦にも分かるんだ」
「馬鹿はお前だろうが」
「今はそんな話してねえんだよ」
茶々を入れた雁国主従は、延々と舌戦を続ける。桂桂は俯いて小さくなっていた。堪りかねた陽子は、気儘な客人たちに一喝した。
「──これ以上邪魔をなさるおつもりなら、お二人とも出て行ってください!」
宮の主の怒声に、雁国主従はぴたりと口を閉ざした。陽子は深い溜息をつく。それから気を取り直し、桂桂に視線を送った。桂桂の笑みを確かめて、陽子は再び語り出した。
「──杯の酒は、飲み干そうとした王さまの口の中で、黄金に変わってしまいました。とんでもないことになった、これでは飢えて死んでしまう。王さまは嘆き悲しみ、神さまに祈りました」
やっぱりな、と雁国主従は呟く。桂桂は息を詰めて聞き入っている。陽子は構わずに先を続けた。
「──王さまの祈りを聞き届け、泉で身体を清めよ、と神さまは言いました。王さまは迷わずその通りにしました。すると、力は水に溶けて流れていったのでした」
そこまで聞いて、桂桂は大きく息をついた。陽子はそんな桂桂に微笑を向けながら結末を告げる。
「──その後、その川からは、砂金が取れるようになったということです。おしまい」
陽子が朗読を終えると、桂桂と雁国主従が大きく拍手をした。陽子は桂桂ににっこり笑んでみせた。
* * * 3 * * *
「主上、ありがとうございました。とても興味深いお話でした」
桂桂は陽子に深く頭を下げる。その畏まった様子に陽子は溜息をついた。
「桂桂、そんなに畏まらなくてもいいよ。──気持ちは分からなくはないけれど」
桂桂に優しく声をかけながら、陽子は人騒がせな隣国の主従を睨めつける。六太は他人事のように舌打ちをし、己の主を見上げた。
「ほら、お前が余計なことを言うから」
「先に茶々を入れたのはお前だろう」
「で、では、僕はこれで」
またもや舌戦が始まりそうになり、桂桂は慌てて腰を上げる。陽子は深い溜息をつきつつ桂桂を引き止めた。
「桂桂、いいってば。ああ、この人たちにはちょっとお仕置きが必要かな」
「──お仕置きとは物騒だな」
「純真な子供を虐めたのですから、それ相応の罰は受けてもらいますよ、延王。もちろん延麒もね」
慶国国主はそう言ってにっこりと笑んだ。雁国主従は顔を見合わせて肩を竦める。桂桂は目を見開いて首を横に振った。
「主上!」
「桂桂、この国で一番偉いのは、だあれ?」
「それは──もちろん主上です、けれど……」
「いいんだ、桂桂。悪かったな、茶々入れて」
「素直でよろしい、延麒。で、延王は?」
「──悪かった、桂桂。お前の楽しみを邪魔するつもりはなかったのだが」
話が面白くてな、と隣国の王は呵呵大笑した。それでは、と慶東国で最も偉い女王は笑みを見せた。
「罰として、雁国主従には、桂桂と一緒に遊ぶことを命じます」
「そんなんでいいのか?」
六太が素っ頓狂な声を上げた。陽子は大きく頷く。延王尚隆はもう立ち上がっていた。
「──では、今日は本気で遊ぶことにしよう」
「よいお覚悟ですね!」
にやりと笑った女王は、はにかむ桂桂を連れて庭院に向かう。雁国主従が足取りも軽やかにそれに続いた。それから日が暮れるまで、庭院には楽しげな歓声が響き渡ったのだった。
2008.01.23.
「7万打」リクエスト、短編「童話」をお送りいたしました。
御題は「桂桂に絵本を読んであげる陽子」でございました。
楽しい小話を添えてリクエストをくださったとなえさま、ありがとうございました!
童話の内容に茶々を入れながら朗読を聞く雁国主従はツボでございました。
けれど、頭の中で交わされる会話を書き留めようとすると、なかなか上手く言葉に変換されず、
こんなに時間がかかってしまいました……。
大変長らくお待たせいたしまして申し訳ございませんでした。
今年に入ってから、やっとテンポよく、楽しく書くことができました。
お気に召していただけると嬉しいです。
なお、作中のお話は、
講談社刊行「世界の名作図書館」第1巻「世界の神話・世界の民話」より、
ギリシア神話の中の「なんでも金になる話」を参照させていただきました。
2008.01.23. 速世未生 記