告 白
「存じ上げておりました──」
そう告げたなら、主は何と言うだろう。頬を染めて俯くだろうか、それとも──。
「──浩瀚」
主の訝しげな声に、慶東国冢宰は、はっと我に返った。
「お前がぼんやりするなど、珍しいな」
手に持っていた筆を置いた主は、面白げにそう言った。闊達な笑みを浮かべるその顔は、いつも変わらず美しい。女らしいなよやかさとは縁がないが、この若き女王は紅の鮮烈な光を身に纏い、人の目を惹きつけずにはおかない。そして。
浩瀚は微笑する。
「──主上のお美しさに、つい見とれておりました」
「巧い言い訳だな」
にやりと笑い、主はまた筆を取った。そう、主はいつも褒め言葉を決して本気に取らない。だからこそ、話を逸らすときには、思ったことを率直に言えばいい。浩瀚はいつもそうしていた。
──かの方は、この方をどう褒めるのだろう。そして、この方は、それにどう応えているのだろう。
そして浩瀚はまた物思いに沈む。かの方と主の秘めた恋を知るものは、台輔のみ。
(何故──気づいた──?)
主は、きっとそう訊ねるのだろう。誰も知らぬはずだ、と。もちろん、他の者は誰も気づかないに違いない。しかし──。
(私は、いつも主上を見つめておりますから……)
そう告白したら、主は何と言うのだろう──。
主の麗しい横顔を見つめながら、浩瀚は口許に笑みを浮かべる。
(見ているだけで分かるとは、浩瀚は凄いな)
主は、心底驚いたように、輝ける翠玉の瞳を見開くのだろう。そして、晴れやかな笑顔を見せる──浩瀚の告白の隠された意味には全く気づかずに。
「──浩瀚」
「はい」
「なんだかずいぶん嬉しそうだな」
主が再び訝しげに浩瀚を見つめる。
「──字が上手におなりですね」
浩瀚は主を見つめ返し、微笑する。主は花がほころぶように鮮やかな笑みを見せた。
2005.08.26.
某所さま主催「浩陽祭」参加作品です。
初めて浩瀚を書きました。
私は尚陽派なので、「報われない浩瀚」にしてみました。
──浩瀚、かなり哀れなような気がする……。
ここまで気づかれないってのも……。
大人だから、いいかなぁ。陽子がお子ちゃまだって、解ってるし。
それで、続編を書いてみました。
2005.09.01. 速世未生 記