風 花
雪と氷に包まれた白い大地も、だんだん緩みつつあった。陽が長くなり、日差しが暖かくなり、風が柔らかくなる。そしてある日、空の色が変わるのだ。
白く薄く透明に見えるほど鋭い青の色を宿す空が、淡く霞む柔らかな青になる。そんな空から落ちる、一片の雪華。冬に降りつむ無慈悲な雪とは確かに違う、ひらひらと舞い落ちる大きな花びらのような雪。
ああ、春の牡丹雪だ──人々は安堵の息をつく。長く厳しい冬も終焉が見えた。今年も、なんとかこの冬を超えたのだ、と。
* * * * * *
まるで桜のようだ、と泰麒は思った。冬の寒さがこんなにも厳しいこの国に降る春の雪は、懐かしい花びらを思わせる。それは、雪とは思えぬ柔らかさ、優しさを持つからかもしれない。
淡い日差しに照らされて輝く雪を眺め、泰麒は言葉をなくした。そんな泰麒に、李斎が気遣わしげに声をかける。
「──まだ寒うございます。中にお入りを」
「李斎……陽に照らされて、綺麗な雪だね」
「ああ、風花、というのですよ。晴天に降る雪です。そして、こんなふうに大きくひらひらと降る雪は、牡丹雪、というのです。──春が近いという印です」
優しい笑顔とともに李斎は応えを返す。泰麒は胸の中でその言葉を反芻する。風花、牡丹雪、と。そして夢見るように呟く。
「──桜の花のようだと思った。やはり、春の報せ、なんだね……」
「──桜、とは、蓬莱の花でございますか」
「そう。あちらでは春を報せる花で、開花予想まであるんだよ。桜前線と呼ばれ、南から、二ヶ月かけて北上するんだ」
「さぞ、綺麗な花なのでしょうね」
泰麒の言葉に耳を傾け、舞い落ちる風花を見上げた李斎は微笑んだ。泰麒はふと黙りこむ。戴は、まだそんなことを言っていられる国ではない。泰王ですら、まだ見つかっていないというのに。
「──台輔?」
「──李斎、何もできない麒麟でごめんなさい」
俯く泰麒に、李斎は限りなく優しい笑みを見せる。
「泰麒、あなたこそが、戴に春を報せる御使いなのです。この牡丹雪のように、そして、あちらに咲くという、桜の花のように」
泰麒は目を見張る。そして、風花のように淡い笑みを見せた。
2006.04.05.
初書きの泰麒です。
北の国にもとうとう桜の開花予想が出ました。今年は5月6日だそうです。
待ち遠しいとともに、去りゆく冬と雪を惜しんで書きました。
2006.04.05.
やっと桜が咲きました。ようやく春本番です。
で、「十二国桜祭り」参加作品第三弾であるこの作品の自宅掲載に踏み切りました。
2006.05.11. 速世未生 追記