小ネタ劇場@
饒筆さま
2016/09/02(Fri) 01:10 No.12
原作下巻 陽子と泰麒の邂逅シーンより
「もしも泰麒が2016年8月の蓬莱から帰還したのなら」
静かな臥室には勢いの欠けた陽射しが斜めに差し込み、その床に眩い四角を浮かべている。
臥牀(ねどこ)の中で半身を起こした影を認め、陽子は安堵の息をひとつ吐いて、柔らかな風を孕んで膨らむ帳に手をかけた。
「……泰麒?」
そして驚いた。五色の照りがあるものの、漆黒の髪そして暗い瞳。その昔蓬莱で通学中によくみかけた、ありふれた同級の「男子」がそこに居た。
「景王でいらっしゃいますか?」
もの柔らかな低い声。やつれた細面に血の気は薄いが、その分潤んで見える真摯な目がひたとこちらに向けられる。何故だか急に、女子高時代の羞恥に襲われて陽子は内心動揺した。(私にもまだ、こんな初々しい感情が残っていたんだ!←自分にビックリ・笑)
「……中嶋、陽子です」
こちらの内心を知ってか知らずか、泰麒はくすりと笑う。
「高里です」
――たかさとくん、かあ……(ほわわん)
なんだコレ。懐かしの、と言うよりもはや憧れの「平凡」な会話に心が弾む。ここは金波宮だ。教室じゃないんだぞ?
なんとも形容できぬ奇妙な気分に、陽子は軽い眩暈まで覚えた。
しかし。
同じ胎果で、ほぼ同じ時代を過ごした相手なのだ。会って話ができるなら、さぞかし蓬莱話で盛り上がるだろうと思っていたのに……通り一遍の挨拶をこなしただけで、陽子の口は勝手に閉じてしまった。
――蓬莱のことを思い出すだけで気が重い……。
二度と帰れぬ郷里、二度と会えぬ両親、二度と晴らせぬ濡れ衣、二度と取り返せない十六年分の悔恨が心を重く湿らせる。今はまだ無理だ。蓬莱の話をするべきではないかもしれない。
それでも――と陽子は顔をあげた。漠然とした消息くらいは知りたい。
「向こうは……きっと変わらないのだろうな」
しみじみと切ない陽子の呟きに、
「そうですね」
と、泰麒は小首を傾げた。
「中嶋さんは昭和生まれでしたっけ?」
「うん。こちらに来たのは平成になってからだけど」
「元号、また変わるかもしれません」(あっさり)
「ええっ?!」
「まだはっきり決まってはいませんが」(しれっ)
「そうなんだ……」
陽子は絶句した。自分があのまま蓬莱で生活していたら、三つ目の元号を使うことになるのか。そう聞くだけで、なんだかひどく歳をとった気がする。
「あと、そこらじゅうに可愛いモンスターが現れるようになりまして」(くすっ)
「は?蓬莱に妖魔が?!」
「大丈夫です。害はありませんよ。『すまほ』をかざすと見えるんです。みんな、それを捕獲するゲームに夢中になっています」(ふふふ)
「へ、へえ〜捕獲に夢中……ワイルドだね」
陽子は冷や汗をかいた。泰麒が話す蓬莱と、自分が知っている蓬莱とはまったく別世界のようだ。たった二十年ほどの間にいったい何があったのだろう?
「そして、直近のリオデジャネイロオリンピックは日本代表のメダルラッシュに沸いて――」
「オリンピックがあったんだ!懐かしいな。メダルラッシュなんて私も観たかったなあ」
「その最後に、首相が配管工になって土管から出てきました」(真顔)
「んっ?今、何て?」(意味わかんない)
「首相が配管工になって土管から出てきました」(二回目)
「……政変でもあったのか??」(クーデター?)
「いえ、そういう訳では」(にっこり)
――どうなっているんだ?!
混乱する陽子を前に、泰麒は穏やかに微笑む。
「そうですね。波風はあっても形が変わるほどではなかった……と思います」
――いやいや、それはもう随分変わっているだろう?!
陽子は開いた口が塞がらない。
あのまま蓬莱で過ごしていたら、つまらない「人並み」の人生を渋々歩んでいたのだろうか、とか、もしも蓬莱に戻れるのなら、こんな風に人生をやり直してみたい、とか、今まではそんなことばかり夢想していた。が、実際の蓬莱社会が陽子の想像をはるかに超えて激変していたとは……もし自分がその中に残っていたら、うまく対応できただろうか?実に心許ない。
――ひょっとして私、常世に来て正解だったのかな……?(輪郭を伝う冷や汗)
目の前で淡々と語る泰麒の微笑を、ひどく遠く感じる。
「そっか」
――ならば、それでいい。
陽子は息を吐き、笑った。
<了……で良くない!>
※あとがき
もー要クン!生真面目な中嶋さんをからかって遊んじゃダメ!(ぷんぷん)