「投稿作品」 「祝12周年十二祭」

そっとお邪魔しに伺いました 葵さま

2017/09/23(Sat) 18:47 No.101
 りぃん、りぃん。秋の蟲に擬態しながらそっと素敵なお祭り会場に潜り込んでみました、 しがない蟲の葵と申します。
 未生さま、このたびは十二周年まことにおめでとうございます!!  これからもぜひ、 迷える十二国好きたちに暖かな光を与えてくださる灯台になってやってくださいませ。 さらなるご活躍をお祈り申し上げております。

 百花繚乱のお題の数々に思わずポゥ! と滾りながらも、 自分の書いたものは果たして酒肴なのか渡り鳥なのかと少し迷いましたが、 酒のあてに甘いものはNGだよね、とやはり渡り鳥の方にさせていただいております。
 蟲の書いたものですので御見苦しい点は多々ございますが、どうぞお許しください……

御題其の四「渡り鳥」

甘い菓子を君に

葵さま

2017/09/23(Sat) 18:50 No.102
卵黄をふんだんに使用した焼き菓子が食べたい――
鼻と唇の間に筆を挟んでそう言えば、そろそろあれが来る頃合いでございましょう、と、そっけない声が返って来て、目の前に書類を置かれた。秋の熟成書類尽くし、冢宰の非の打ち所の無い微笑みソースを添えて……思わずフレンチのフルコースメニューの一品を創作してしまうあたり、かなり空腹である自覚はある。寝坊して朝餉に粥を食っただけの身としてはそろそろ腹が鳴りだす刻限だ。
吐息をひとつつき、それでも丁寧に御璽を押しながら、そうか、そろそろあれが来る季節だったろうかと、ふと思った。息を吹きかけて印の朱の照りを乾かす間、男は微動だにせずじっと待っている。待ちながらも白い指先は次の書類を摘み上げ、滑り込ませる準備をしている。三方に隙が無い。
「ほらよ。乾いた。次」
「ありがたく。次は以前にお話申し上げました揚州の穀高の件でして……」
丸い飾り窓の木枠は唐草とも文字ともつかぬ複雑な紋細工で、窓越しに漏れくる陽影はまるで漆黒の解き髪のようだ。涼しい風がざっと吹き抜け、金木犀の梢が揺れるたびに、香しい金の粉がきらきらと散る。
「なあ。今年はどの州もやたら穀高が伸びたな」
「有難いことに、近年にない豊作でございましたゆえ」
「うちの備蓄分を差し引いても余剰が出る。戴に米を送るぐらい楽々できそうだ。してもいいか?」
「まずは朝議にかけてから、ですね」
「だよな」
個人的には賛成でございますよ、と微笑みソースのフレンチ男は次の書類を如才なく陽子の手に握らせた。豊作は大いに有難いが、おかげで各州から上がって来る書類が大盛り状態だ。この半端ない量は上品なフルコースというよりは、どちらかというとギョウザ3s一気食べとか焼きそば8人前30分一本勝負とかああいう類のものかもしれない。
「あと三枚ほど決裁をいただきましたら昼餉にいたしましょう」
「よし」
見計らったように、堂の入口に吊るされた鐘がリィンと鳴った。
「昼餉の合図?」
「違います。青鳥でございます」
先触れの呼び声と共に、しずしずと大きな金色の鳥籠が運ばれてくる。
やたら鳥を多用するこちらの流儀に最初こそ面食らったが、ぴーちくぱーちく自分で喋るやつはすぐ餌をやらないと怒る、宅配便の青いやつは怒らないので餌は後でいい、と実に大雑把な覚え方ですませている。その怒らない青いやつの足首に結び付けられた文紙をざっと読んで思わず歓声を上げた。男に手渡すと、こちらは器用に片眉だけ上げた。
「主上の食い意地が呼びよせたのでしょうか」
「何とでも言え。今年もあれがやって来た。今夜は焼き菓子を食いに堯天まで出かけるからな」
止めるなよと睨む。
「警護の供連れをお忘れなきよう」
「もちろん」
「では昼餉はもう少し後にいたしましょうか」
「……なんだって?」
冢宰はにっこりと笑った――夜半に出かける前に本日分を片付けてしまいませんと。
非の打ち所がない微笑みソースは適量にすべし、という条例を作ろうかなと陽子は思う。いかにも温和な笑顔と共にするりと滑りこんできた書類に小さく呻いた。

◇ ◆ ◇ ◆


夜半、堯天。
街門近くに茂る雑木林の前に、色とりどりの小さな陶板を敷き詰めた円形広場がある。日中は惣菜屋、籠屋、周旋屋などの屋台が常駐し、各地方からのぼってくる旅人相手に活気づくその場所は、むきだしの土ではないから引き上げた屋台の轍などもなく、常の夜はひどくがらんとしている。月が煌々と照らす青白い広場に、今宵に限って奇妙な家がみっしりと立ち並んでいた。
ふわふわした壁と屋根のある家の群れである。どの家も玄関口が地面からかならずちょっと浮いていて、隙間から大きな桃色の爪がのぞいている。玄関口がえらく高いところにある家もあり、さながら高床式住居のようだ。家床を下からがっしりと支えるのは二本の巨大な脚だ。うっすらと鱗に覆われ、蹴爪のあるそれは明らかに鳥の脚であった。音もなく足踏みしながら、気まぐれにすっとしゃがみこむたび、家の高度が急激に下がる。そのたびに家は大きく揺れるが、中にいる住人は手慣れたもので、窓辺から覗くさまざまな顔に慌てた表情はない。体幹を使ってその度にうまくバランスをとっているのだ。
陽子が虎嘯を連れて広場についたときには、噂を聞きつけた街の住民がすでにかなり集まっていて、賑やかにごった返していた。楽しげな人々と脚の生えた家の合間を縫って、むせ返るような甘い香りが濃密に大気に溶け込んでいる。
ひときわ大きな家は、ちょうど立ちんぼに飽きて座りこんだところだった。羽毛に覆われた玄関口で黄金色の菓子を切り分けていた娘は、ひょいと片目をつぶって、急に同じ高さになった客に包みを手渡した。
「はいよ次のお方。どれほど切りましょう?」
「二本と半棹ほど。チビどもが楽しみにしてるんでね」
まだ湯気のたつ菓子を包んだ紙は、すぐにふやけて透けてしまう。油シミの広がるその包みを大事そうに抱えて、客たちは三々五々甘い買い物を楽しんでいる。待ちきれず、買ってすぐに味見をする客もいた。唇が油でてらてら光っているのですぐにそれとわかる。
年に一度、三晩ほどの限られた期間だけ「鳥の焼き菓子屋」が来訪する。
彼らの住まいは鳥と家の合体した半獣で、れっきとした家畜である。壁や屋根のすべてに羽毛が生えているが、あとは普通の建築物とあまり変わらない。窓があり、寝榻があり、卓がある。煮炊きは家の外でしなければならないが、さほど不便なことはない。鳥家は、腹の中に住む人間達の感情を食べて成長する。泣いたり笑ったりが多ければ多いほどほど、家はどんどん大きくなり、立派な脚は地を駆ける。逆に人の住まない鳥家は早々に死んでしまうという。
動く家を持つ彼らは定住せず、十二国を気ままに周回している。定期的に鳥家が産み落とす惑卵は非常に美味であり、卵黄だけを使って焼きあげた菓子は一口食べれば老いが止まり、舌が蕩けるとまで言われる。彼らは焼き菓子を売って生活の糧にしながら、旅を続ている。
慶にはいつも初秋に立ち寄る。巧を経てこの地を訪れた彼らは、次は雁に寄る。雁の次は、以前は雁国製の立派な船に乗って戴へと出かけていたらしいが、ここしばらくは海を渡らずに柳へと回ってしまう。未だ動乱の最中にある戴と海を挟んで向かい合う雁の港は、航路の途中に懲りずに妖魔が出没するため、民間の行き来は依然途絶えたままだ。かろうじて物資援助の定期船だけが護衛艦つきの重装備で海を行き来していた。
「三本欲しい」
ようやく順番が回ってきたので、よう、と手を上げて娘に挨拶した。橙色の髪をした彼女は年の頃二十代半ば、肉付きの良い紅い頬と色白の餅肌が魅力的な陽気な姐さんである。彼女の住む鳥家がやたら大きいのは、四六時中なにかというと笑い通しだという彼女と、彼女の家族の気質によるものだ。
「あら。元気だった?」
まるで金の延べ棒のような、こんがり焼きあがった棹を無造作に手元に積み上げながら娘は歯を見せた。
「そこそこね。姐さんも相変わらず美人だな」
けらけらと娘は笑い出すと、美しすぎて困っとる、と指で鼻を潰してブーと鳴いてみせる。
「最近ちょっぴり食べ過ぎでな。目方が危険水域に……」
「乳がデカいから許されるよ」
「あんたもこの菓子を食べれば美乳が育つよ」
「やっぱり四本にして」
「あいあい。めざせ巨乳」
赤くなった虎嘯がわざとらしく咳払いをする。兄さんや、兄さんの乳もきっと育つよ、と娘はまた笑うと、これはおまけ、と小鉢を二つ差し出した。
「お。プリンっぽい」
「ぷりん?いいな、そういう商品名にしようかな……卵汁に糖蜜を放り込んで焼いた布丁なんだけど。味見してみて。日持ちしないのが難点だけどな。また感想聞かせてよ」
「うん。いつまでここに?」
残念だけど今年は慶には一晩だけなんだわ、と申し訳なさそうに眉が下がった。
「このあと雁に行って、それから戴に行く予定でさ。そこの前準備が長くかかりそうだから」
「戴?――でも、だって」
あそこは危ない、と言い募ろうとするのを、大丈夫、と柔らかな掌がぽんぽんと宥めるように叩く。
「延王様がね、なんと直々に護衛艦つきで船を出してくれるっていうんだ。里長に通達を寄こしてくれて。なんていうのかな、雲上で飼ってる青い鳥がお手紙付きで飛んできた」
「ああ餌をあげなくても怒らないやつ」
娘は頷いた。迷いのない毅然とした動作だった。戴はもう寒いから、きっとこってりした熱々の焼き菓子をいっぱい食べたい人がうんといると思うんだ――紅い頬をさらに赤くしてきっぱりと言う。そうか、と陽子は俯いた。
「戴の人々によろしく。でも、くれぐれも気を付けて」
「あいあい。戴の人の目方を増量してくるわ」
あっさりと手を振り合って別れる。次の人、と甲高い声を背後に聞きながら、ゆっくりと広場を横切って歩いた。隣の虎嘯に小鉢をひとつ押し付けると、こりゃ夕暉が喜びそうだから、と食べずに懐にしまい込んだので、じゃあこれを半分こしようと、二人でひとつのプリンをつついた。
「俺にはちょっと甘すぎるな」
「でも旨い。しっかりした甘さだ」
「ああ。芯が通った甘さだ」
広場にたくさんの影法師が楽しげにゆらゆらと躍っている。今は遠い同級生の面影を探しながら澄んだ夜空を眺める。ところどころに散る雲が月明りを浴びて真冬の吐息のようだ。夜の色をした彼の髪、飾り窓ごしの陽影のような髪は、また少し伸びただろか。
米を送ってやろう、と舌先でプリンを転がしながら陽子は思う。三方に隙がないあの男なら、うまく朝議を通してくれるだろうから。
「あ、おい」
まだ中身が少しばかり底に残った小鉢を、虎嘯から取り上げる。
「あとのちょっぴりは浩瀚にやる」
はいはい、と呆れたように虎嘯が両手を上げる。また急に立ち上がったらしい自由すぎる鳥家に、背後の人垣がどっと笑いさざめいた。
感想ログ

背景画像「素材屋 flower&clover」さま
「投稿作品」 「祝12周年十二祭」