御題其の十一「建国記念式典」
慶東国赤子在位五百年記念式典に寄せて
ミツガラスさま
2017/09/27(Wed) 22:30 No.135
慶東国赤子在位五百年を前にして陽子は腕を組み悩んでいた。眉間に皺を寄せ浩瀚より奏上されてきた書類を睨んでいる。
それは次年度の国官採用予定者一覧だが、それを見るに人材の質が年々下降の一途を辿っているように思う。
近年、大学卒業予定者において国官任官希望する学生が少なくなってきていた。
安定した大国となった慶国、金波宮。辞める官吏が少ないので新しく採用された官吏の出世は遅い上に封じられる所領も実入りの良い土地である可能性は低い。
優秀な人材は民間で働いた方がずっと稼ぎが良くなるのである。
狭き門である大学に死に物狂いで合格し、入学後も必死に学んでようやく卒業したのだ。公僕として薄給ながら志高く不老不死で働き詰めよりも下界で自分の裁量で能力を活かし楽しく過ごした方が良いとの風潮が広がっていた。
反対に正寝付きの女官を希望する女性は多い。王宮仕えの箔が付くのはもちろん、憧れの主上のお側に居られるという幸運と名誉。なによりも若く美しい時代を長く過ごすことで、結婚するしないに関わらず、じっくりより良い相手を探す時間が持てる。今では女官採用は超難関優秀才色兼備揃いとなっていた。
「はあ…皆卒業席次後ろから数えた方が早いじゃないか。正直小粒感が否めないんだよな…曲がりなりにも卒業できたんだから無能って訳ではないのは分かるけれど…」
「平和な時代なのでしょう。荒れている時代は世の中を正そうと志高く官吏を目指す者も居れば、なんとか一族の食い扶持を確保する為にと必死になる者もおりました。今は下界にいた方が金銭的に豊かになれる機会が多ございますからね」
「まあそうなんだろうけど、折角国の税金で優秀な者を育て上げたのに、最近金波宮に上がってくるのは才気溢れるというよりも真面目だけどどこか覇気の無い人間ばっかりなんだよな…」
国の中枢は既に秀才で溢れている。新人はどうしても十年二十年は下っ端として過ごすことになる。その為か仕事は真面目にそつなくこなすがどこか単調な仕事ぶりで、あまり厳しく指導すると嫌気がさして移動を願ったり辞めてしまう者も多い。結局古参の優秀な官吏で仕事を回す羽目になる悪循環だ。
「別に今で上手く仕事は回るし、寧ろ話が通るのが速くて楽ではあるけど──」
鬱屈した歪みがある事を無視し続けて良いわけではない。それが国政の不穏な空気を生み出すきっかけとなる可能性もあるだろう。浩瀚も当然その可能性は念頭にある。
「官吏の一新や整理をいたしますか?」
「良くやってくれている者を認めてはやりたいんだよな……突然の移動を左遷と思われては困る。だが上役の席なんてこれ以上のポスト…官位がない」
目の前の男がその最たるものだ。長く冢宰として活躍してくれているし、これ以上の適任もそうはいない。だが上から移動していかなくては手本にならないだろう──そうはいっても手放したくはない──煮詰まった陽子は腕を組んだまま官位一覧表を睨み唸る。
そこで陽子ははた、と思い付いて勢いよく立ち上がった。
「あった!あったよ!いい役が、浩瀚、お前出世しろ。お前大公になればいいじゃないか!そうすれば冢宰の席が空くから玉突き的に移動が出来て金波宮の空気も変わるだろ。名案だと思わないか?」
「──大公……」
「な?位は候以上の公だ!文句はないだろ?」
「謹んでお受けしても?」
「あったり前じゃないか、よし、五百年目の節目に官吏の大改革だ!」
窮すれば通ずとばかりにホクホク顔の陽子は今にも小躍りしそうである。善は急げと大公辞令書をサラサラと書き上げた。
「一度発言なさったことを即座に撤回されるような事はよもやございませんね?」
「勿論二言は無い!お前を大公に叙す!」
浩瀚の眉間へ人差し指をビシッと当ててそう鼻息荒く申し渡した。浩瀚は頭を軽く下げて恭しく拱手する。そしてゆっくりと顔を上げると見惚れるほどの綺麗な微笑みを見せた。その笑みを見て、浩瀚も出世が嬉しそうだと陽子も満面の笑みを浮かべようとした──
「では後宮に宮を賜りたく存じます」
「…は?後宮──?」
引き攣る笑顔で大公=後宮の理屈が脳内でようやく補完されたが時既に遅し、今更引っ込みがつくはずもない。
こうして慶国赤楽朝五百年目にして大公が迎えられ、赤楽朝樹立五百年記念並びに御結婚式典が華やかに催されたのだった。