「投稿作品」
「祝12周年十二祭」
お目汚し失礼します(コソッ) 篝さま
2017/10/08(Sun) 23:08 No.242
相変わらずのぎりぎり投稿でございますが、もう一作提出させて頂きます〜。
登場人物 延主従・陽子
作品傾向 ちったい
文字数 4000文字
御題其の二「小さくなった半身」
見知らぬ世界見果てぬ世界
篝さま
2017/10/08(Sun) 23:10 No.243
「っほえええ!?」
その日、まだ陽も上りきらぬ朝ぼらけの時分、金波宮に悲鳴とも奇声とも言いえぬ叫び声が響き渡るのであった。
*
「延王君ならびに延台輔のお越しです」
昼下がりに隣国の主従が突然遊びに来るのはいつものことだし、その口上自体も聞き慣れていたが、その声色に動揺が含まれていたのは気のせいか。
しかし、来客の旨を告げられのだ。詮索する余裕があったら出迎えねばなるまいと陽子は自身のことはさておき歩みを進めるのであった。――周囲から向けられる制止の声に一切耳を貸さずに。
「…陽子?」
自分より相手側の方が先に気づいたのだろう。こちらが口を開く前に、普段聞き慣れたものよりも、若干低めの、かといって成熟しきった正丁のものではない声が随分と上の方から響いてくる。
「ようこそおいでくだしゃいました…ふぇっ」
挨拶を言い終わる前に違和感に気が付いたが、それよりも視界に入ったものの衝撃の方が大きかったのだ。
「…えんおう?」
「みなまでいうな…」
まさに憮然といった表現が似合いの声が目の前の塊から聞こえてくる。その塊、もとい六太の脇に抱えられた男児―尚隆が不承不承といった態で抱えられ、絞り出すように声を出しているのであった。
「面白いことになったから、陽子にも見せてやろーって慶まで来たんだけど、そっちも面白いことになってんのな」
そう言いながら実に楽し気に菓子を口元へと運びつつ、六太がこちらを見つめてくる。その視線の先には榻に横並びに座らされた尚隆と陽子。あまりにもまじまじと見つめるものだから大層居心地が悪い。
「…そういう、えんたいほこそ」
「やー、俺も今朝起きて驚いたぜ」
菓子を茶で流し込み一息ついてから六太が説明を続ける。
「俺はでかくなるわ、逆に尚隆はちびになるわで、玄英宮はてんやわんやだったんだぞー」
そう言う六太の容姿は大分変っていた。
面影はあるものの、あの華奢な身体の四肢はすらりと伸び、麒麟の象徴でもあるその金の鬣は座っている状態ではよく分からなかったが、おそらく長さが膝まではあるであろう。普段の雰囲気とはかけ離れた様相に陽子は戸惑いを隠せなかった。
「…よくけいにこられましたね」
「んー。冢宰曰く『決裁等には問題なさそうですな。ならばご自由にお過ごしください』だってさ。まあ、俺ら朝議もろくすっぽ出ていないもんなあ」
そう言いながら六太は尚隆へと視線を向けるが、先程から尚隆は一切口を開こうとしない。
「どうされましたか?えんおう」
「こいつ拗ねてやがんの。こおんなちっこくなっちまったからな」
揶揄うように大げさな物言いをする六太に尚隆は無言できっと睨みつける。そんな尚隆に六太は手を伸ばし、無理やり抱え上げ己の膝の上へと乗せようとする。無言で必死に抵抗するが直ぐに精根尽き果てたのか、六太の膝の上でぐったりとする尚隆の姿が見られるのであった。
「…このばかものが」
「お。ようやく口開いたか」
「えんおう、だいじょうぶですか?おちゃ、のみます?」
陽子は榻から飛び降り、卓の上にある茶碗を恐る恐る持ち上げて、つたいながら六太の膝上にいる尚隆へと差し出す。
「もらおう」
短い腕を一生懸命伸ばし身体をぷるぷる震えさせながら茶杯を差し出す陽子に、尚隆も小さな掌をせいいっぱい広げてそれを受取ろうとする。
いつもならたやすく出来る些細なことがこんなにももどかしい。粗相をしてもきっとこの二人なら怒ったりしないと解かっているが、それでも妙な焦燥感にとらわれる。
「…ふ。う……」
じわと目尻に涙が浮かぶのを感じた。あ、涙が零れると思うと同時に手の中の物が消えて軽く動揺するも、次の瞬間にはあたたかいものに抱え込まれていた。
「ごめんな!陽子」
「まったくだ」
同じ目線の尚隆に頭を撫でられ、陽子はようやく己が尚隆同様六太の膝上に抱え込まれていることに気がつく。
「ご、ごめんなさい!おり、おりますっ…!」
「いいって。俺が好きでやってるんだし」
「そうだぞ。きにするな。このあほう、おれがうごけないように、がっちりおさえつけおって。おれがすこしでもうごければ、すぐにうけとってやれたのに」
ぽかりと胸元を叩き付けるものの、その見かけでは仔猫が虎にじゃれているようにしか見えず、陽子は思わず笑みを零す。
「お。わらったか」
「ごめんなー。一生懸命な陽子が可愛かったから、つい意地悪したくなってな」
「つい、じゃない」
延主従のやり取りを見ているうちに気を持ち直してきたのか、気が付けば先程までの妙な感情は霧散していた。後で女官に怒られるかなと気になりつつも、陽子は袖で涙を拭い、居ずまいを正す。
「それにしてもいがいでした」
「何がだ?」
「えんおうなら、そのおすがたになっても、もっとじょうきょうをたのしんでいらっしゃるかと。にょかんのみなさんにだっこされたりして」
「…おまえのなかのおれは、いったいどういうじんぶつなんだろうな」
「ぅわはは!尚隆、残念な奴だなー」
「やかましい。さいしょはたしかに、そうだったがな、きせかえにんぎょうのごとくあそばれてみろ?すぐにいけやがさしたわ…」
遠い目をしながらそうぼやく尚隆に、六太が続ける。
「んで、牀榻で不貞腐れてたからな、俺が無理矢理連れ出したんだ」
「…えんたいほったら」
「でも来てよかったろ?面白いもん見れたしな」
「ひていはせん」
「だろう?」
何故だか得意げな顔をする六太に呆れ顔の尚隆。そして、尚隆がふと何かに気付いたかのように口を開く。
「いまきているものはどうしたのだ?こどものいふくをじょうびしているわけではなかろう?まさか…」
「その、まさか、です」
互いに通ずるものがあったのか苦虫を噛み潰したかのような表情を共に浮かべる。
「あさもはよから、にょかんそうででいふくをしたてておったわ…」
「うちもです…しょうけいとすずがはりきってしまって……」
「おんなというものは、まったく」
「…わたしもきらいではないのですが、ちょっとつかれました……」
六太の膝の上で互いに額を付きあわせつつ朝からの騒動を愚痴り合う陽子と尚隆に、六太が苦笑いを零す。
「女官たちの気晴らしに付き合ってやってると思えって」
「む」
「まあまあ。おかしでもたべましょ?」
「…おう」
同じ境遇にある陽子相手にひとしきり愚痴を言ってすっきりしたのか、尚隆の先程までの険しい雰囲気が和らいでいた。そしておもむろに六太へ向かって手を伸ばす。
「ん」
「あんだよ、尚隆」
素っ気ない物言いをするものの、六太のその口元は妙な形に歪みにやけているのが分かる。
「かしをくうといっておろう。このおれらにとどくわけなかろうが。おまえがとっとととらんか。それか、いいかげんにおれたちをおろせ」
至極もっともな事を言う尚隆に対し、六太は玩具を見つけた子どものような笑みを浮かべる。
「おねだりされたら取ってやんないこともないんだけどなー」
「……」
陽子は六太のその言葉に尚隆がいつになく不機嫌になっているのを感じ取った。ただでさえ原因不明でこのような事態になって苛立っているのだ。無用な争いは避けたかった。
「あ、あのっ!えんたいほ!わたし、おかしたべたいです」
慌てていたせいか、袖を引っ張るつもりが六太の鬣を引っ張ってしまっていた。
「ごめんなさい、ごめんなしゃ…」
「いいって、いいって。痛くないし」
「あう…」
中身も肉体年齢につられるとでもいうのか先程から本当に些細なことで感情が揺さぶられるのを感じる。妙に疲労感が増したのは気のせいだと思いたい。
そうぐるぐると陽子が思い悩んでいれば目の前にすっと菓子が差し出される。
「ほら。零さないように気をつけろよ」
「はい!」
「ほれ、尚隆も」
「ふん」
「…可愛くねーの」
「かわいくてたまるか」
六太から奪うように菓子を受け取りもそもそと無言で口へと運ぶ尚隆。陽子も受け取った菓子に齧り付こうとしたが、身体が縮んだように身体の各部位も小さくなったのだ、思った以上に口に収まりきらず零してしまう。
「あぅ」
「後で片づけてもらおうな」
「…はい」
恥ずかしくなりながら小さく頷けば、目の前の菓子が急に消えた。
「かせ。こうすればよかろう」
そう言いながら尚隆は陽子が手にしていた菓子を食べやすいように小さくちぎって再度手渡す。
「あ、ありがとうございます…」
「陽子。詰まらせるなよ。茶はあるからな」
「はあい」
茶杯を片手に至極真面目にそう言う六太に、これではまるで本当の幼子のようではないかとさらに恥ずかしくなるものの、今ばかりは甘えさせてもらおうと陽子は開き直って菓子を堪能するのであった。
「それにしても、お前んとこの堅物二人はどんな反応示だったんだ?」
思い出したかのようにそう言う六太に陽子は笑いながら答えを返す。
「えっと、こうかんはいっしゅんかたまって、けいきはひっくりかえりました」
「景麒らしい」
「それで、ふたりともせいむのあいまに、げんいんをしらべてくれてます」
「はやくわかるといいな」
「…ほんとうに。…ふ、わぁ」
菓子を食べ茶を飲み、腹が膨れたせいか眠気が襲ってくる。
「しつれいしました!」
「子どもは寝るのが仕事だもんなー」
すると六太は何を思ったか急に陽子の身体の向きを入れ替えさせる。
「よっと」
「うわわ!?」
「あぶないだろう!ばかたれ」
陽子の悲鳴も尚隆の悪態も気にせず、六太は陽子を己の方を向かせるとその背中を優しく叩き始める。
「それだめです!ねちゃいます!」
六太の顔を見上げながら陽子がそう訴えるものの一向に止める気配はない。
「いつも頑張ってんだ。たまにはこうやってのんびりしたらいい」
穏やかな声色で優しいことを口にする六太に、尚隆もしたり顔で言葉を続ける。
「たしかにようこはあまえることをおぼえたほうがいい」
「なー」
「…ふぁ。おれもねむくなってきたぞ」
「おいおい」
数刻後、穏やかな空気の中、榻の上に一国の宰輔を下敷きにして眠る幼子姿の二人の王の姿が見られるのであった。
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背景画像「素材屋 flower&clover」さま
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