延麒の相棒
2018/10/13(Sat) 23:52 No.148
「主上!」
今日も臣下の金切声が玄英宮に轟いている。毎日毎日飽きないものだ。延麒六太は他人事のように溜息をつく。今度は何をしたんだか。執務室の窓辺に腰かけて足をぶらぶらさせていたが、近づいてくる声に危険を感じて飛び降りた。火の粉が降りかかる前に逃げるが勝ちだ。
かくて六太は首尾よく玄英宮を抜け出した。側近連中を出し抜くことなど造作もない。それに六太の乗騎は騶虞、脚の速さには定評があるのだ。
さて、自主的に手に入れた自由時間をどう使おうか。
騎獣の上で腕を組む。折しも季節は秋、関弓郊外は見渡す限り金の海。今年の麦も豊作だ。六太は満足げに頷いた。王が阿呆でも地は実る。国が平和ならそれでいいじゃないか。六太は風に波打つ豊かな黄金の海に目を細めるのだった。
空の旅を満喫した後は王都に戻り、気儘に街中を歩いた。隅々まで整備の行き届いた広途には様々な店舗が軒を連ねる。道を歩く人々も活気づいていた。誰も雑踏に紛れる宰輔に気づきはしない。六太は適当な店にて小腹を満たし、心ゆくまで関弓を漫ろ歩いたのだった。
ああ、この賑やかな街が、昔は焦土だったのだ。
そんな過去を知る者は、ここにはもういない。広途を埋め尽くす人々は当たり前のように練り歩く。眼を瞠ってきょろきょろと辺りを見回す者は他所から来たのだろうか。ようこそ雁へ。胸で誇らかに呟いて、六太はその横をすり抜けた。
王宮を出奔して戻る度に側近連中から説教を喰らう。けれど、国民が豊かに暮らす様子を見ることは、六太にとって必要なことだ。昔は国を整えるために他国をこっそり視察したりもした。
「――そういえば、昔はよくあいつと旅したっけな」
面白いことをしている国の噂を仕入れてはそれを確かめに行き、気に入れば自国に取り入れた。猿真似かよ、と揶揄してもどこ吹く風、国が富めばよいのだ、と笑う。呆れながらも楽しく旅の日々を過ごした。
今はもう、つるんで動くことは少ない。国は充分富んだ。ただ、道を外さぬように歩けばよい。そう思うと心を風が吹き抜けた。己の物思いに首を振り、六太は再び歩き出す。
目的の場所に立つ白く美しい樹は、とりどりの意匠を凝らした帯が結ばれた枝いっぱいに黄色い実をつけていた。それは国に更なる豊かな実りを齎すであろう次代の国民の卵。そして、それを見つめるは見慣れた広い背。
「よう」
軽く声をかけると、半身は嫌そうに振り向いた。六太は破顔する。
「追いかけてきたわけじゃないぜ。偶然だ」
弾けるように笑う六太に、延王尚隆は唇の端を上げてみせた。そしてまた、たわわに生る実に眼を戻す。六太もそんな半身と里木を見やった。
王など民を困らせるだけの存在だ、と思っていた。けれど、それでも王を選ばずにはいられなかった。麒麟はそのために在る。拒むことはできなかった。選んでおきながら信じ切れずにいた王は、任せておけ、と言った通り、永い年月をかけて豊かな国を造り上げた。
里木に子供が生らない世界からやってきた胎果の王。それが六太の半身だ。卵果を実らせる里木を見つめ、ほんとうに木に生るんだな、と嘆息していた尚隆もまた、この樹に寄せる想いを抱いているのだろう。
永い付き合いになったもんだ、なあ、相棒。
しかし、六太はしみじみとしたその感慨を口に出すことはなかったのだった。
2018.10.13.
後書き
2018/10/13(Sat) 23:54 No.149
ラストは「延麒の相棒」をお送りいたしました。
今回は六太に始まり六太に終わりましたね。
リクエストをありがとうございます。なんとか完遂できました。
お付き合いありがとうございました〜。
2018.10.13. 速世未生 記
- 六太を見たいです! 相棒はお任せします! (お任せ・お任せ・六太)
ご感想御礼 未生(管理人)
2018/10/15(Mon) 01:18 No.192
ラストワンライ小品に温かなご感想をありがとうございました〜。
葵さん>
いえいえ、こちらこそご参戦くださり感謝申し上げます。
素敵な作品をありがとうございました!
はい、書きやすいものを最後に残しました(笑)。
けんつくやっていても、やはり付き合いの長い半身同士は相棒なのかなと思います。
この二人の変わらなさが雁の平和をささえているのでしょうね。
ネムさん>
なんとか完遂できました。ありがとうございます〜。
私は原作「東西」でのかの方の「任せておけ」が大好きなのでございますよ。
「任せておけ、と言ったろう」も!
なんだかんだ言っても、この二人はよき相棒だな〜と思うのでございます。
文茶さん>
何もないところから興した国だけに試行錯誤を繰り返し、苦労しただけに懐かしい。
そんな感じでございましょうか。
「なあ、相棒」は絶対に口に出さないでしょうが、きっとかの方には伝わっている。
そう思わせてくれるこの主従が大好きなのでございます。
うるうるしてくださりありがとうございました〜。
饒筆さん>
はい、大トリはツンデレ六太でございます。
嫌そうな貌をしつつもかの方もまんざらではないのでございましょう。
そうそう、範国主従とはまた別の意味でラブラブでございますね(笑)。
労いのお言葉もありがとうございました!