大っ変遅くなりました〜ッ(スライディング) 饒筆さま
2018/09/17(Mon) 19:26 No.48
未生さま、改めまして13周年おめでとうございます〜!!
すっかり出遅れてしまいましたが、お祝いの花輪をお持ちしました。
ご要望の氾主従、それもワクドキの馴れ初めです。
ちなみに、原作に立ち返り、若氾さまのキャラクターを練り直しました。
「なんの産業もなかった範国を工匠の国として立てなおした」ということは、
プロジェ●トXとか下町ロ●ットとかを地でいく御方なのかなあ……と。
どうぞお楽しみください♪
- 登場人物 氾麟・誤藍滌
- 作品傾向 ほのぼの
- 文字数 3999文字
王様(内定者)とわたくし
饒筆さま
2018/09/17(Mon) 19:30 No.49
金木犀が香る、甘い夜だ。逸る心のままに、氾麟は降る星の間を縫って駆ける。
「ああ嬉しい!」
気まぐれな風を踏みつけ、とん、と宙返りすれば、銀月が輝く蒼穹と街をびっしり埋め尽くす素っ気ない屋根の海とが上下を入れ替え、ぐるりと巡る。
「近いわ!わたくしの主上は、すぐそこ!」(うっふふふ♪)
氾麟は美しいもの、オシャレなもの、キラキラしたもの、可愛いものが大好きだ。ところが、意を決して下った生国・範はどこもかしこも冴えなくて、空位による荒廃を差し引いても覇気が無く無味乾燥にさえ感じて――正直ガッカリして仁重殿に引き籠ってしまった。
それでも、「そのとき」は呆気なく訪れる。
満ちた月を眺めようと窓を開けて、ふと、玲瓏と鳴る玉鈴の音を聞いた――その音に誘われ、今宵、氾麟はようやく心躍らせて夜空へ舞い上がったのだった。
御前へ参るそのときのために用意した沓が、打ち水でしっとりと清められた敷石を踏みしめる。居住まいを正し、ひとつ咳をして、氾麟は清々しい白木の戸を叩いた。
「誰?」
若々しい男の声が返って来た。殿方なのね!氾麟は一気に緊張してピンと背を伸ばす。
「あの……もし。夜分に失礼します」
音も無く滑らかに、白木の戸が開く。
中から現れた細身の人影に、氾麟は腰を屈めて挨拶をした。
「こんばんは。はじめまして。氾麟と申します。今宵お迎えにあがりました」
そしてドキドキしながら面を上げる――まあ、なんて綺麗な御方!
つぶらな瞳が輝き、桜桃色の唇が自然とほころんだ。
「おや」
対する青年は、落ち着き払って応じる。
「こんばんは、ハンリンさん――ようこそ当家へ。こんな美しい夜に、可愛らしいお客様がおいでになるとは嬉しいね。ただ、お迎えとは何?私にどんな御用?」
氾麟は答えず、そのまま芙蓉が咲くように微笑みかけて、おもむろに頭布を解く。ふわりと広がる金色の髪が、彼女の正体と要件を何より雄弁に伝えるはずだ。
案の定、
「台輔?!」
青年は驚嘆をあげた。
「まさか、お迎えとは――」
「はい。貴方様こそ新しい氾主です。どうかわたくしと誓約してこの国を導いてくださいまし」
想定外の衝撃に、初対面の主は言葉を失って立ち尽くす――かと思いきや、彼は片肘をついて戸口に寄りかかり、もう片方の手でその美貌を覆ってしまった。撫で肩が落ち、盛大な嘆息が漏れる。
「……よりによって何故、今、私に……」(はあああ〜)
「ええぇ?!」
ショックのあまり、今度は氾麟が奇声をあげてしまった。
「も、もしかして、お嫌ですの?!」(ガーンッ!)
「いいえ。いきなり嫌だとは申しませんよ、台輔。しかし――」
未来の主上(予定は未定)はおもむろに面をあげ、滑らかな所作で裾を捌いて跪いた。そしていささかの畏れもなく氾麟と目線を合わせる。驚いたことに、彼の表情に動揺など一切無かった。
「それでも、私には今、王になるより先に成すべき仕事があるのです。誓約や登極はしばらく待っていただけませんか」(きっぱり)
氾麟は困惑して眉を顰めた。
新王が践祚しなければ、範国は天の加護を失い傾いたままだ。氾麟の存在意義はいち早く天の選定を伝え新王に起ってもらうことなのに、当の王がその延期を要請するとは。
「そ、そのお仕事は、王になるより大事ですの?王になってからではできませんの?……どういうことですの?」(おろおろ)
氾麟は蒼ざめ、冷えた腕で我が身を抱く。すると青年はその場を温めるように、ふわりと微笑んだ。
「そんなお顔をなさらないで。台輔に落ち度はありません。仕掛かり中の仕事を放り出すのが嫌なのです――台輔、まず私の話を聞いていただけませんか?」
青年は手入れの行き届いた右手を差し出す。
氾麟はその長い指と麗しい笑みを交互に見比べた。
――確かに、確かにこの御方がわたくしの主上なのよね……?
麒麟の本能は間違いないと叫んでいる。が、一国の命運より個人の仕事を優先する御仁が新たな氾主だとは信じがたい。本当にこの御方でいいの?
噴き出る不安を、氾麟はグッと呑み込んだ。
「……わかりました。まずはお話をお伺いしますわ」
そうして氾麟は、青年の掌におずおずと利き手を預けたのだった。
万事優雅な青年にゆったりと手を引かれて踏み込んだ部屋は、氾麟の大好きなモノで溢れていた。
色とりどりの反物、鮮やかな刺繍が目を惹く背子(上着)、小粒の真珠を縫い付けた豪奢な珠帯にしどけなく垂れる五色の霞披、無造作に掛けられた襦裙はひと足早い春節の晴れ着と見え、その華やかさは部屋全体を照らすほどだ。
「わあ……なんて素敵なの!」(ぱああっ)
沈んでいた気分が弾け飛び、氾麟はまた花の顔を輝かせる。
青年はそつなく微笑みながら氾麟の様子をつぶさに眺め、慎重に口を開いた。
「申し遅れました。私の名は呉藍滌、呉服問屋の道楽息子で商いより図案家(でざいなー)として身を立てています――これでも雲上まで名が通り、御用達のお墨付きをいただいて王宮に出入りしているのですよ」
河が流れるように淀みなく語りながら、さらに奥へと案内する。
「そして今、私は我が人生を賭けた仕事を請け負っているのです」
広い奥の間には、寝台かと思うほど大きな卓がひとつ。そしてその上に広げてあるものは、呉服よりもずっと厚く織られた勇壮な旗。
氾麟は中央の昇竜に目を留めた。
「これは……龍旗?」
「ええ。玉座の間に掲げられる、王の御旗です。どうぞご覧ください」
促されるまま、氾麟は製作途中の龍旗を覗き込む。そして、ほうっと感嘆を吐いた。
「わたくし好きですわ、この光艶。それにこの隅々まで整った綾――なんて緻密なの!織り手の気迫を感じますわ。ああ、龍の刺繍も凄い肉感!まるで生きているみたい。市井にもこれほどのお仕事をなさる方々がいるのですね」
藍滌は誇らしげに喜色を浮かべ、深く頷く。
「ありがとうございます。そのお言葉、製作に携わった匠たちに伝えましょう――きっと一番の褒美になりますよ」
しかし、氾麟は再び浮かない顔を彼に向けた。
「でも……どうして呉服の図案家が龍旗を作っておられるの?」
それがね、と藍滌は苦笑を刷いた。
「実は当初、この龍旗は宗へ発注される予定でした」
「あら。範の龍旗を、わざわざ宋へ?」
「是。範の民が戴く氾王の旗を、宗で織ってもらおうと言うのですよ……情けないとは思いませんか?」
その語尾の強さに、氾麟はハッと息を呑む。藍滌は片眉を上げ、険しい視線を窓外へ放った。
「その話を聞き、私は無理を通して龍旗の制作を引き受けました。それは虚栄心を満たすためでも、功を挙げるためでもありません。私は知っているからです――宗に頼らなくても、範には腕利きの職人が揃っているのだと」
ここで藍滌は氾麟を振り返る。
「確かに範は土地が乾いて森が少なく、目ぼしい産物がありません。金銀宝玉を産することもなく、有用な鉱脈もありません。だからこれまでずっと、範の民は他国の産物を輸入しては珍重してきました――そのせいで、この国にはとかく他国を賛美し、自国を卑下する卑屈な風潮が蔓延しているのです」
ひたと見据えられ、氾麟は居心地悪く身じろぎした。生国を「冴えない、つまらない」と評したのは氾麟自身も同じだ。
「しかし、それは無知ゆえの思い込みです。ご覧のとおり、たとえ天地の恵みが乏しくとも、範には高い価値を生み出す『技術』を持つ者たちがいる。彼らを正当に評価し、取り立て、その技術を広めれば、我々はどの国よりも素晴らしい品々を創り出すことができる。できるはずなのです」
理知的な藍滌が滾々と語る、その心根の熱さが氾麟の胸に迫る。
「私はその証拠を万人に見せたい。手元の材料と自国の職人だけで無二の龍旗を完成させ、皆の蒙を啓いてやりたいのです」
氾麟は高鳴る胸を押さえた。言葉が出ない。
この麗しい青年はその柔らかな物腰の陰に、これだけの烈しさと慧眼を隠し持っていたのだ。
そして藍滌は高らかに宣言する。
「ですから――この龍旗が完成するまで、私はここを動きません」(美ドヤアァ!)
「……そうでしたの」
氾麟はため息交じりの合いの手をようよう口に出した。
――我儘では無かった。さすが、お国の為を考えてのお言葉だったのだわ。
すっかり安堵して、同時に腹が据わる。
氾麟は毅然と眦を上げ、己の主に正対した。
「わかりました。では、その龍旗が完成するまでお待ちしましょう。藍滌様が龍旗に係っておられる間、官吏たちや蓬山はわたくしが適当にあしらっておきますわ」
今度は、藍滌が涼やかな目を見張る番だった。
「良いのですか。そんな安請け合いして」
なんですって!氾麟は腰に手を当て、キッと主を睨みあげる。
「酷いお言葉ですこと!わたくしにはその程度のこともできないとお思いですの?これからはわたくしが藍滌様の右腕になるのですよ。どうかご自身の相棒を信用してくださいませ」
「それは――」
失礼した、と続くはずの藍滌の言を遮り、怒れる氾麟は主に詰め寄る。
「その代わり、藍滌様は唯一無二の、いいえ、空前絶後の龍旗を引っ提げて登極なさってくださいね!わたくし、とーっても楽しみにしておりますから」
にっこり。氾麟は挑みかかるように笑ってみせる。
やられた。藍滌はなぜか楽しげに相好を崩した。
「それは大変だ――台輔はとても目が肥えておられるようだから」
ふふふふふ。目の前の台輔を怒らせたというのに、藍滌は鼻を鳴らして悦に入る。
すっきりと形の良い唇が動き、いいね、気に入った、と声の無い囁きが漏れた。
「貴女と心中できるのなら、玉座に就くも悪くないね」
「……えっ?」
せっかく見直したのに――氾麟の脳裡で、先行きへの不安がぶり返す。
かくしてこの後、誓約前から波乱含みの気まぐれな二人が、手に手を取って三百年を超える大王朝を築き、そのラブラブっぷりを他主従に見せつけることになろうとは――お釈迦様にもわからないのであった。
<了>
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