「投稿作品」 「祝13周年相棒祭」

もふもふ欲に負けました(笑) 饒筆さま

2018/10/10(Wed) 21:10 No.107
 再びお邪魔します。
 文茶さまの愛らしすぎる「もふもふ」たちにすっかり魅了されてしまい、 櫨さん家の「もふもふ」クンを書いてみました。
 騎獣が飼い主に似るのなら、星彩クンはちょっと喰えないタイプだったりして〜(うふふ♪) な妄想です。

※ 時間軸は「図南」の冒頭辺りです
※ カップリングはありません

どんなもんだい

饒筆さま

2018/10/10(Wed) 21:17 No.108
 スウグは天翔ける生き物だ。一国を一日で翔け抜ける、最速の脚を持っている。だからこそ、思う存分翔けたい欲に負けるときがあるのだろう。
 利広は、手綱の指示をまったく聞かない星彩に騎乗しながら、そんなことをぼんやりと考えた。こうなったのには何かきっかけが……あったような、無かったような、もう定かではない。鞍の下で躍動する体躯は燃えるように熱く、その毛並みは汗で濡れ、かつてなく息を荒げて尚、この獣はひたすら前へ前へさらに速く翔け続ける。
 いつもなら滑らかに流れゆく雲が、今日はあっと言う間に後方へ吹き飛ばされてゆく。
 だが、長生きしすぎたせいか、ずっと気ままな旅を続けてきたせいか、利広に焦りは無かった。
――ま。そのうち気が済むだろうさ。
 目前の現実に己の力が及ばす、ただ運を天に任せるしかないときは、不定期に必ず巡って来る。そんなときは無理に逆らわないのが利広のモットーだ。だから今回も鷹揚に構え、まだ新しい相棒にとことん付き合ってやることにした。
――星彩には、私には聞こえない声が聞こえているのかもしれないし。
 せっかく父が贈ってくれた最高の騎獣に悪態はつきたくない。これはこれで面白いじゃないか。
 腰の水筒はまだ重い。利広はまるで他人事のように笑い、場違いに穏やかな眼差しを遥か遠い凌雲山へ向けた。
 星彩はついに一昼夜休まず翔け続けた。高岫を超え、一人と一匹は冬の恭国へ入る。
 さすがに疲弊したのだろう、徐々に高度が下がってきた。同時に、利広は地上の荒廃の深さを目の当たりにする。
 崩れた山、溢れた河、ひび割れ放棄された畑。見渡しても炊事の煙が立つ里はなく、そもそも人の気配すらまばらで、逆に妖魔が群れを成して徘徊している。
――何度見ても慣れないな……。
 利広は深く嘆息した。
 恭国は先王が斃れてから二十七年が過ぎた。黄旗が揚げられてからも二十年は経っているから、うかうかしていると供麒に寿命が来てしまう。そうなれば新王の登極はさらに遅れ、残された民に無数の妖魔と大飢饉が襲いかかる。王はまだか。一介の旅人でさえそう思うのに、恭の民は今、どれほどそれを願っていることだろう。
 いよいよ、星彩の脚が鈍ってきた。
――やれやれ。ここで降りるのか。
「よしよし」
 利広は身を乗り出し、自身の疲れは微塵も見せずに星彩の背や首筋を撫ででやる。星彩はようやくこちらに顎を向け、甘えて喉を鳴らした。
「気は済んだかい?」
 利広は労うように声をかける。星彩は返事の代わりに長い尾を振る。
 そろそろ日暮れだ。恭は野宿できるほど安全でも温かくもないだろうから、それなりの宿を探したい。
 すると、星彩は右を向いた。ちょうど右手前方に、たいして大きくはないが多少は活気のありそうな街が見える。良かった。炊事の煙も、商隊や荷車の往来もある。
「おまえは利口だね。あそこにしよう」
 利広はふらつく星彩を操り、目立たぬように街の北の閑地へ降り立った。要するに墓場だ。人影どころか動くものすら無く、ずらりと並ぶ真新しい冢墓が鬱々と黒い影を落としている。
 ここなら、大きなスウグも難なく隠せるだろう。
 利広はすっかりバテた星彩を冢堂の陰へ誘う――が、星彩はなかなか腰を下ろそうとせず、今度は辺りを嗅ぎまわったり、利広に身を摺り寄せて引き留めたりし始めた。
「どうした?まだ落ち着かないのかい?」
 利広は星彩に大粒の瑪瑙を与えた。星彩は跳ねて悦び、もう一つをせがむ。
 そこで利広は懐に手を入れながら、星彩の光る眼を見つめて抜け目なく言って聞かせた。
「じゃあもう一つあげるから、ここで大人しく待っているんだよ。宿を見つけたら、すぐ戻って来るからね」
 宝玉のような瞳に、物言いたげな光が去来した。星彩はおおきく瞬き、改めて利広を見つめる。その様子にはおおいに引っかかったが――なにしろ落日まで間が無い。利広はさっさと瑪瑙を与え、柱に星彩の綱を結んでしまった。
 聡い相棒はただ黙って、利広の背中をいつまでも見送っていた。
 造りは古いが、厩舎のある舎館が見つかって助かった。
 足早に閑地へ戻って来た利広は、件の冢堂の傍に突如現れた孟極に驚いて足を止める。立派な鞍と手綱が付いたままだ。持ち主は近くにいるに違いない。
 微かに声が聞こえた。
――孟極を置いてスウグを盗むつもりか?
 利広は気配も足音も殺して近づく。耳を澄ませば、小鳥のような声が耳をくすぐった。
「すごいわ。なんて、綺麗な目……」
 なんと!子供の声じゃないか。利広は目を剥く。
 冢堂の角から向こう側を窺えば、小柄で華奢な少女がひとり、首をもたげた星彩の顔を覗き込んでいた。
――なっ……なに?!
 さすがの利広も度肝を抜かれ、剣の柄から手を離す。
 武器を持たないか細い女の子が、たった一人で自身の何倍もある巨大な獣の前に堂々と立ち、正面きってその眼を覗き込んでいるとは……いやはや、尋常な胆力ではない。それとも無邪気が過ぎるのか。
 さらによくよく見れば、その子は身なりこそみすぼらしいが、肌の白さや束ねた髪の艶が平民のそれではなかった。なにより、星彩をジッと観察するその横顔には、目から鼻に抜けるような聡明さが宿っている。
――さっきの孟極があの子供のものだとすると、余程の家の娘だな……旅の道中か、出奔したのか、なにやら事情がありそうだ。
 主の匂いを感じたのか、星彩がチラリと利広へ視線を送った。あの、物言いたげな視線を……そして長い尾の先をゆったりと持ち上げた。調教師が言うには、あれはスウグなりの親愛あるいは服従の挨拶らしい。それから星彩は再び女の子をひたと見つめ、同じく長い尾を持ち上げて彼女を指した。
――何故だ?なぜ初対面の子供に挨拶を?
 獣のくせに雄弁な面が、少女の肩越しに利広に向けられた。
――何が言いたい?
 好奇心に負けたのか、ついに少女は星彩に向かってそろそろと腕を伸ばす。
「こらこら」
 利広が声をかければ、少女は可笑しいほど驚き、文字通り跳びあがった。(ひゃっ!!)
 利広は思わず吹き出す。
「手を出さない方がいい。咬まれたらお嬢ちゃんの腕なんか、なくなってしまうぞ」
 くつくつ笑いながら歩み寄れば、女の子はあどけない仕草で振り返る。
 目と目が合った。
 利広は足を止めた。
 その容姿は年端もいかぬ少女でしかないのに、彼女の面構えは既に只者では無かった。肚の据わった強かな双眸がこちらをかるく威圧する。
 天啓と呼ぶべきひらめきが、利広の身を竦ませた。
――まさか。
 伊達に長生きしている訳じゃない。この子は確かに――「特別」だ。
 うぉ、と星彩がちいさく吠える。やけに得意げなその声に、利広はその口元の笑みを深めて応えた。
――星彩。おまえまさか、この子供の為にここまで翔けてきたのか?……やるじゃないか。もしかして、私が暇を持て余していたのに気づいたのかな?
 横目で睨めば、喰えないスウグは「どんなもんだい」とでも言いたげに鼻を高く上げる。
――上等だ。やはりおまえは最高の騎獣だよ、まったく。
 少女は利広を見上げて小首を傾げ、臆せずに口を開いた。
「この騎獣、おにいさんの?スウグでしょ?」
 なるほど。この子はスウグを知る身分なのか。
 利広はにっこり破顔して、新しい相棒が引き会わせてくれた新しい運命をゆっくり品定めすることにした。

<了>

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背景画像「「篝火幻燈」さま
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