どんなもんだい
饒筆さま
2018/10/10(Wed) 21:17 No.108
スウグは天翔ける生き物だ。一国を一日で翔け抜ける、最速の脚を持っている。だからこそ、思う存分翔けたい欲に負けるときがあるのだろう。
利広は、手綱の指示をまったく聞かない星彩に騎乗しながら、そんなことをぼんやりと考えた。こうなったのには何かきっかけが……あったような、無かったような、もう定かではない。鞍の下で躍動する体躯は燃えるように熱く、その毛並みは汗で濡れ、かつてなく息を荒げて尚、この獣はひたすら前へ前へさらに速く翔け続ける。
いつもなら滑らかに流れゆく雲が、今日はあっと言う間に後方へ吹き飛ばされてゆく。
だが、長生きしすぎたせいか、ずっと気ままな旅を続けてきたせいか、利広に焦りは無かった。
――ま。そのうち気が済むだろうさ。
目前の現実に己の力が及ばす、ただ運を天に任せるしかないときは、不定期に必ず巡って来る。そんなときは無理に逆らわないのが利広のモットーだ。だから今回も鷹揚に構え、まだ新しい相棒にとことん付き合ってやることにした。
――星彩には、私には聞こえない声が聞こえているのかもしれないし。
せっかく父が贈ってくれた最高の騎獣に悪態はつきたくない。これはこれで面白いじゃないか。
腰の水筒はまだ重い。利広はまるで他人事のように笑い、場違いに穏やかな眼差しを遥か遠い凌雲山へ向けた。