女王の友
2007/09/05(Wed) 06:36 No.30
「──失礼いたします」
女御の声がした。榻で寛いでいた延王尚隆はゆったりと顔を上げる。すると、少し緊張した面持ちの女御が目に入った。酒瓶と酒盃が載せられた盆を捧げもち、鈴は恭しく頭を下げた。尚隆は苦笑しながら声をかける。
「──そんなに緊張する必要はないぞ、鈴。今までも、これからも、俺はなんら変わりない」
「はい……」
主のいない堂室を、女御は不安そうに見回す。いったいどこへ行ったのか、と。察した尚隆は軽く言った。
「陽子なら、浩瀚のところへ行ったぞ」
目を見張って言葉を飲み込む鈴に、尚隆はくつくつと笑う。冢宰殿の慧眼のわけを知りたいそうだ、と補足すると、鈴も笑みを見せた。
「そうですね。私も、祥瓊も、陽子の──いえ、主上の想いに全く気づかなかったのですもの。ただ……」
酒盃に酒を注ぎながら、鈴は小さく呟いた。はっと言い止めて頬を染めた鈴を、尚隆は興味深げに促す。
「ただ?」
「金波宮に参って初めての七夕の日に、主上は夜空を眺めていたのです……」
鈴は手を止めて遠くを見つめた。七夕とは懐かしい響きだな、とひとりごちると、鈴は小さく頷いた。
「蓬莱が恋しいのかと訊いたんです。そうしたら……」
聞いて少し胸が痛んだ。鈴は、尚隆が訊けないことを陽子に問うたのか、と。そんな尚隆に笑みを向け、鈴は悪戯っぽく続けた。
「織姫と彦星がちゃんと会えたらいいなと思っただけ、ですって」
伴侶は、会いたい、と思ってくれていたのだ。
鈴の告白は、尚隆の胸を温めた。尚隆は、そうか、と答えて鈴に笑みを返した。あのときは気づかなかったけれど、鈴は笑う。
「今なら、その意味がよく分かります」
言い終えると鈴は恭しく拱手する。酒盃を持ち上げて、ありがとう、と告げると、鈴は微笑んで首を振った。
「主上の願いを叶えてくださって、ありがとうございます」
深く頭を下げて礼を述べ、鈴は退出していった。尚隆は再び酒盃を掲げ、女御の細い背に、ありがとう、と呟いた。
主のいない景王の堂室にて、延王尚隆は独り酒盃を傾ける。女王の友の心遣いに感謝しつつ、尚隆は微笑した。そして、胸で伴侶に語りかける。
景王陽子、お前はよい友を持ったな、と。
2007.09.05.
後書き
2007/09/05(Wed) 06:41 No.31
このリクエストをいただいて、「星願」の鈴が胸に浮かびました。
一気に書き流したものを、今朝、修正してみました。やはり、鈴はよい子だな〜と思います。
Yさま、リクエストありがとうございました!
2007.09.05. 速世未生
- 「短夜」ちょっと前くらいのお話で、尚隆とお酒を持ってきた鈴の会話です。
ほのぼのでもいいですが、ちょっとダーク&シリアスでも。
ご感想ありがとうございます〜 未生(管理人)
2007/09/07(Fri) 05:58 No.34
リクエスターのYさまからありがたいご感想をいただきました!
>ほのぼのを希望して良かった! ここ一週間激務だったので癒されました。
激務のYさまを拙い作品で癒すことができて、光栄でございます〜。
ありがとうございました。またよろしくお願いいたします!