女王の守り人
2007/09/22(Sat) 15:48 No.95
人の気配がする。しかし、殺気はない。女王の内に潜む冗祐は、緊張を緩め、そのまま状況を見守った。
(決して姿を現さず、ないものとしてふるまえ)
主の命に、冗祐は忠実に従った。主が蓬莱で見つけ、常世に連れ帰った女王が、泣こうが喚こうが、じっと黙していた。無論、女王に問われても、懇願されてさえ、口を開くことはしなかった。
冗祐がなすべきことは、女王の命を守ることのみ。裏切られ、虐げられ、身も心も傷だらけになっていく女王を、ただ死なないように守り続けた。
妖魔に、悪漢に、ときに民人にさえ、剣を向けた。死にたくない、それは女王の願いでもあった。冗祐は、そんな女王の感情に従い続けた。それは、隣国の王宮に辿りついてからも同じだった。しかし。
己の浅ましさを恥じ、玉座を拒み続ける女王に、冗祐は一度だけ声をかけた。
私は全部を知っています、玉座を望みなさい、あなたならできるでしょう、と。
私はほんとうに愚かだ、と呟き、女王は涙を零した。そして、靠枕を濡らしたまま、眠りに就いたところだった。
現れた大きな人影は、牀の傍らに腰を下ろし、横たわる女王を見やった。やがて、影はゆるゆると手を伸ばす。そして、眠れる女王の頬に触れる寸前で手を止めた。その刹那、女王は剣を構えて飛び起きた。
「物騒なお出迎えだな」
誰何する女王に、隣国の王は笑いを含んだ応えを返した。大国雁の王宮で休んでいてさえも、女王に安眠は訪れない。不憫だな、そう労わる延王の腕の中で、女王は声を上げて泣いた。そして、そのまま寝入ったのだった。
延王は、安らかな寝息を立てる女王の髪を優しく撫でる。夜が白む頃、名残惜しげに女王を見つめ、そっと身を起こした延王。女王が目覚めることはなかった。
──女王がこんなに安らいで眠ったのは、初めてかもしれない。冗祐は感慨深く思う。
心を落ち着けた女王は、己の置かれた状況を冷静に見つめた。そして、玉座に就くことを了承したのだった。
女王の心を和らげた隣国の王は、翌晩再び現れた。用件を訊かれ、堂々と、お前を口説きに来た、と笑う。女王の心が動くのが、冗祐には分かった。
何故止めなかった、と主の叱責を受けるかもしれない。しかし、蓬莱からずっと女王を守り続けた冗祐は、女王の恋を祝福しようと思った。
女王の感情に従う冗祐は、女王の内に深く沈みこむ。そして、女王の柔らかな喜びに包まれて、眠りに就いた。
2007.09.22.
後書き
2007/09/22(Sat) 15:56 No.96
ずっと陽子主上に付き従っていた冗祐のお話をお送りいたしました。
長編「月影」を書いていたときには、敢えて触れなかったお話でございます。
「私は全部を知っています」に悶絶したのは、私だけではないはずです!
けれど、冗祐は、思ったよりも冷静でした。
そして、班渠ほどではないけれど、人情味がありました。
なんだか、ほだされてしまいました……。
実は、もっと早い時期から書き始めていたのです。
なかなか纏まらなくて、苦労しておりました。
リクエスト、ありがとうございました!
2007.09.22. 速世未生 記
- 冗祐からみた尚隆と陽子。賓満として陽子に憑いていたときに二人は出会ったでしょう。
陽子の内側から、陽子に危険が及ばぬように動いていた冗祐が二人が急接近したのを
どう思っていたのでしょう。