雨の庭院
2008/09/02(Tue) 13:42 No.5
雨が降りかけていた。近道をしようと庭院を横切ったのは失敗だったな。
桓魋はそうひとりごち、足早に歩く。
ひと気のない庭院の中程まで辿りついたとき、桓魋は先客がいることに気づいた。鮮やかな紺青の髪。それは祥瓊だった。俯き加減に佇む女史は、雨が降っていることにも気づいていないようだった。
「祥瓊、濡れてしまうぞ」
突然かけられた声に驚いて振り向くその顔に、桓魋ははっとした。祥瓊の頬が、濡れていた。
「祥瓊──どうした?」
「なんでもないわ、雨に濡れただけよ」
そう言って顔を背ける祥瓊に、桓魋はやんわりと笑みを向ける。嘘が下手だな、と思いながら、長袍の袖を差しかけた。
「──中へ入ろう」
しかし、祥瓊はかぶりを振った。そして、無理に浮かべた笑みを見せる。
「私は大丈夫。急いでいるのでしょう。行ってちょうだい」
気丈な言葉はいつもの祥瓊と変わらない。しかし、桓魋は語尾の震えを聞き逃しはしなかった。そして、泣き顔を見せたくないと強がる祥瓊を、愛おしいと思った。
桓魋は祥瓊に袖を差しかけたまま歩き出す。祥瓊は驚き、抗いかけた。しかし、桓魋はそんな祥瓊に頓着せずに路亭の中に入る。そして、祥瓊を見下ろし、低く囁いた。
「──俺は、祥瓊をそんなふうに独りで泣かせたりしたくない」
祥瓊は紫紺の瞳を大きく見開く。そのまま、時が止まった。
やがて、じっと覗きこむ桓魋の前で、誇り高き女史はゆっくりと涙を流す。桓魋は微笑を浮かべ、そっと祥瓊を抱き寄せた。祥瓊は、黙してその胸に身を預けた。
雨が、優しい音を立てていた。
2008.09.02.
後書き
2008/09/02(Tue) 13:49 No.6
昔、桓祥を書きかけていたよな〜と思い、あちこち覗いてみました。
あった、ありましたよ、「断片2」という古いファイルの中に。
日付は、なんと、2006年6月12日。一度、オマケ拍手にも出したことがあったような……。
このたびやっと陽の目を見ることができました。
Kさま、リクエストありがとうございました!
2008.09.02. 速世未生 記
- 鈴、虎嘯、祥瓊とくれば、後はやっぱり桓魋の恋ばなでしょうv
別に桓祥で、とはいいませんよ。
こちらだったら祥瓊のお相手は陽子の方が面白そうですもの(笑)
ご感想をありがとうございます 未生(管理人)
2008/09/03(Wed) 06:26 No.10
由旬さん>
はい、私が桓祥(未満)を書くのは珍しいです。というか、これ1本しかございません(笑)。
>祥瓊の涙のわけを知りたい!
ありがとうございます!
実はこのお話、短編「憧憬」@夜話(本館)連作「包容」の直後という設定でございます。
もしよろしければそちらをご覧くださいませ!
相変わらず連鎖妄想ばかりでごめんなさいね〜。
Kさま>
リクエスターの方にお気に召していただけて嬉しく思います♪
どちらのKさまか存じ上げませんが(爆)。
意地っ張りの祥瓊と大人桓魋、ここまで来るのにこんなに時間がかかってるんだ!
というのが私の本音でございます。書く機会をくださってありがとうございました〜。