いい人
2008/09/13(Sat) 06:43 No.28
遠甫が誰かと話している。遠甫に客が来るのは珍しくない。けれど、その人は遠甫のいつのも客人とは感じが違う。蘭玉は、すらりとした、身なりの立派なその人物を、訝しげに見つめた。
遠甫はそんな蘭玉の気持ちを読み取ったらしく、陽子の客だと笑顔で告げた。客人は感情の籠もらない声で言った。
「辰門近くの栄可館という舎館にてお待ちしております、とお伝えください」
伝言を、と告げながら、客人は名乗らない。蘭玉は心もち首を傾げて名を訊ねた。しかし、客人はやはり名乗らずに、意外なことを言ったのだ。
「下僕が来たと言っていただければ分かると思います」
無愛想にそれだけ言って去っていく後姿を見つめ、蘭玉はもう一度首を傾げる。そんな蘭玉に、遠甫がまた笑った。陽子を里家に預けた人なのだ、と。
名乗らずに陽子を舎館に呼び出す男の人。蘭玉は胸で繰り返した。すると、ある考えが浮かんだ。
ああ、陽子の「いい人」なのだ──。
蘭玉はやっと納得し、笑みを浮かべた。けれど。
すらりとした長身で、身なりもよい人が、「下僕」?
いったい、どんなお付き合いをしているのだろう? 蘭玉は考える。頭の中には、例の客人が陽子の前に恭しく跪く姿が浮かぶ。
(なんなりとご命令を、ご主人さま)
ぶっきらぼうな陽子は、ほんのりと頬を染めて照れるのだろうか。それとも、蘭玉には見せない女らしい貌を、「いい人」には見せるのだろうか。
陽子に訊いてみよう。どんな貌をするか、楽しみだわ。
蘭玉は満面に笑みを浮かべ、足早に里家へと戻った。
2008.09.13.
後書き
2008/09/13(Sat) 06:49 No.29
8月から書き始めながら、頭が秋になってしまったため、なかなか纏まらなかった小品でございます。
もう少しギャグになるかと思ったのですが。
この場面は「黎明」にて遠甫の視点で書いたことを懐かしく思い出しました。
この後、原作の例の場面をと続くのですよね。陽子と蘭玉の少女らしいやりとりが楽しい♪
Hさま、リクエストありがとうございました!
2008.09.13. 速世未生 記
- 主人公は蘭玉。陽子を訪ねてきた<すらりとした><いい人><下僕>を見ての
蘭玉の「乙女の想像・あ〜んなことやこんなこと」。
今さらですがちょっとやってみたかった年齢内緒(笑)。
ありがとうございました 未生(管理人)
2008/09/14(Sun) 06:34 No.35
Hさま、いらっしゃいませ〜。
笑っていただけてよかったです! 不発かな、とも思っていたので。
確かに何か方向が違いますよね〜(笑)。
この後の蘭玉の運命を思うと、ほんと胸が痛みますけれど……。
ご感想ありがとうございました!