夕映え
2008/09/15(Mon) 21:42 No.40
(──ゆっくりと考えていいんだよ。そして、桂桂がしたいと思うことをすればいい)
天涯孤独となった桂桂を引き取ってくれた陽子は、そう言って姉のような笑みを見せた。王でありながら、陽子は今でも陽子のまま、優しく桂桂を見守ってくれている──。
桂桂は庭院の隅で膝を抱えて丸くなっていた。考えても考えても分からない問いが、頭の中を巡り続けていた。やがて。
「桂桂! こんなところにいたの」
「心配したのよ」
蒼褪めた顔の鈴と祥瓊が口々にそう言う。桂桂は神妙に応えを返す。
「──ごめんなさい。考え事をしていたんだ」
「考え事?」
「うん……。どうして、陽子に剣を向ける人がいるのか……って」
鈴と祥瓊は黙して溜息をつき、泣きそうな顔をする。それを見て、桂桂もまた溜息をつき、頭を下げた。
「──ごめんね」
「ううん、いいのよ。でも、私には……巧く説明できないわ。桂桂、太師に訊いてご覧なさい」
震え声でそう言う祥瓊に礼を言って桂桂は立ち上がった。
「──太師」
遠甫はいつものように書房に座していた。少し緊張気味に声をかける桂桂を、遠甫は柔和に笑んで迎えてくれた。
「なんじゃね、桂桂。随分改まった様子じゃな」
「質問があるんです」
「なんなりと」
遠甫は里家の閭胥だったときと変わらない優しい眼で桂桂を見つめて頷く。桂桂は大きく深呼吸をし、遠甫に問いかけた。
「──どうして、主上に剣を向ける者がいるのでしょう? 主上は、皆が待ち望んだ正当な王なのに……」
遠甫は柔和な目に悲しげな色を浮かべる。そして、小さく息をついてから、おもむろに答えた。
「主上は、よい王じゃよ。じゃが、女王に恵まれなかったこの国では、未だ女王を信用できない者がいるということなのじゃ」
改革の断行、他国の者の受け入れ等、胎果の女王は画期的な考えにて国を営もうとしている。それを、不安に思う者がいても仕方のないこと。世には様々な考えがあり、全ての者が同じ思いを持つことは有り得ないのだから。
「主上は、拓峰の乱の折、王ひとりで政を為すのは無理だということを学ばれた。故に、王宮に仲間を呼び寄せたのじゃ。主上のご意向を理解する者が増えていけば、このようなことはなくなるじゃろう」
様々な考えを持つ者が集い、議論し、折り合いをつけてこそ、世は整っていくのだ、と結び、遠甫は深い笑みを刷く。胸に巣食う蟠りを解かれて、桂桂は晴れやかに笑い、決意を籠めて明言した。
「太師──僕は官吏になります。そして、いつの日か必ず主上の助け手になります」
「蘭桂、その言葉、主上もさぞかしお喜びになるじゃろう」
太師遠甫は厳かな声で小字ではなく名を呼んだ。聞き慣れぬその名を呼ばれることこそ、大人への第一歩なのかもしれない。そう思い、気を引き締めた蘭桂は、深く頭を下げて拱手し、太師に感謝を示した。
2008.09.15.
後書き
2008/09/15(Mon) 21:48 No.41
第3弾「夕映え」をお送りいたしました。裏タイトルは「幼年期の終わり」でございます。
さすがにこのタイトルをそのままつけるには憚りがございまして……(苦笑)。
結局、「黄昏」余話→「夕映え」と安易な連想をしてしまった次第でございます。
桂桂の幼年期の終わりの象徴とでもお考えいただければ嬉しく思います。
Kさま、リクエストありがとうございました!
2008.09.15. 速世未生 記
- すみません今更何ですけど、桂桂から見た「黄昏」余話を。
誕生日アンケートのときにはちぃーっとも思いつかなかったんですけどねぇ…
実は私もです 未生(管理人)
2008/09/16(Tue) 05:59 No.45
Kさま、いらっしゃいませ〜。早速のご感想をありがとうございます!
実は私も書きながら桂桂の成長具合に打たれました。
この年頃の男の子って、無邪気かと思えばいきなり大人っぽいことを言って
驚かせてくれたりしますよね〜。このまま素直に成長していってほしいものです。
悩んだ末の題名をお褒めくださりありがとうございます! 悩んだ甲斐がありました〜。
さて、祭も終盤、ラストスパートに入ります。
でも……また去年のように、すごすごと延長宣言を出していたりして(笑、えない……)。
Kさまも、皆さまも、悔いなきように踊っていってくださいね!
最後までどうぞよろしくお願い申し上げます。