「投稿作品」 「祝8周年激白祭」

また叫びに来ました ネムさま

2013/09/22(Sun) 23:28 No.44
 自宅周辺は9月なのに30℃近くの気温―暑さを払しょくするためにも、 北国のお話を持ち込みました。

 いつもコメディにしてしまう驍宗軍の面々を何とかカッコ好く書いてあげようと 思ったのですが、英章と臥信に関してはダメでした。
 ファンの方、ごめんなさい m><m

轍囲の夜

ネムさま
2013/09/22(Sun) 23:30 No.45
 篝火の爆ぜる音。人のざわめきに、戈剣の擦れる微かな金属音が混じる。
 そうした、ありふれた夜の野営地の一角から、今日も男の悲鳴が響き渡る。
「琅燦!もっと優しく塗ってくれ〜!!」
「仙のくせに痛がるんじゃないよ!こんな火傷、そこらの池に沈んでりゃ治るだろう」
「仙だって痛いよ。あのおばさん達、大釜いっぱいの熱湯を掛けてきたんだぞ!」
 それでも既に水膨れが引きかけた臥信の腕を、琅燦はぴしゃりと叩いて立ち上がった。
「まぁ、一番やばそうな場所へは決して一般兵卒を向けさせない、お前さんの指揮振りは感心するけどね。
 さて、あとの薬は自分で塗っておきな。私はまだ盾の修理が溜まっているんだ」
 戴国北部に位置する文州。その中程にある轍囲の街を、禁軍左軍が包囲してから、二十日余りが過ぎようとしている。
 税の徴収を拒み、県城に立て籠もった民を、禁軍の将である驍宗は、討ち取るのではなく、包囲しながらも説得するよう、全軍に言い渡した。
 軍を退かそうと石を投げ、棒で打ちかかる轍囲の民に、兵士達は白い綿毛を貼った堅固な盾のみで対峙する。後に『轍囲の盾』『白綿の盾』の名で言い伝えらえれ、信義の証として褒め称えられる策である。しかし実際のところ、盾の白綿は民の血こそ着かなかったが、打たれ切られ、たまに臥信のように熱湯も浴びせられたので、軍随従の冬官達は連日盾の修理に追われていた。
「終わったか?」
 入り口の幕が上がり、英章が顔を出した。
「盾の修理、20追加だ。そのうち一つは内側の鋼が曲がっているから、早めに頼む」
「鋼が曲がった? 岩石でも落とされたのかい」
「人だ」
 琅燦の問いに、英章はあっさり返す。
「城壁から石を投げていた子供が誤って落ちたらしい。お人よしの馬鹿が盾で受け止めて、凹ませやがった」
「子供は?」
 寝床から這い出てきた臥信に、英章はぐいと自分の左腕を捲って見せる。
「生きていた上に、俺の腕に噛みついて離れない。面倒だから、そのまま城門まで引き摺って“子供に戦わせるなら、反乱なぞ起こすな”と怒鳴ってやったら、父親らしいのが出て来て、謝って子供を連れ帰っていった」
 それを聞いて、臥信は思わず、包帯を巻いた英章の左腕を握りしめた。
「お前、成長したな」
「そうだよ。これまでなら、黙って埋めてただろう」
 琅燦も感激した面持ちで言ったが、英章はふんと鼻を鳴らす。
「あのいけ好かない州候が、こちらの揚げ足を取ろうと、間諜を紛れ込ませているらしい。奴らの目を気にしていると思われるのは業腹だが、短気を起こして喜ばせてやる気も無い」
「まぁ確かに“あの”文州候が、国に泣きついてくるなんて妙だからね。
 鴻基の誰かに頼まれている可能性は高い」
 頷く琅燦に、だが英章は不敵な笑みを浮かべる。
「誰の頼みだろうが、隙は見せん。
 最も間諜の目星は付けてある。この勅伐を終えたと同時に、ひっ捕らえるつもりではいるがな」
 そして臥信に顔を近づけ、囁いた。
「お前の所にも、それらしいのが居るじゃないか。理由を付けて足止めしているらしいが。後で俺がまとめて処理してやろうか」
 しかし、薄い唇が嬉しそうに歪むのを見ながら、臥信は困ったように鼻先を掻いた。
「配慮は痛み入るが…実はもう居ないんだ」
「何!?」
「昨夜巌趙と霜元が、捕えた普通の反乱民と一緒に解き放ったんだ。
 いつもの通り、誠心誠意の固まりですって顔して左右からこんこんと言い諭すから、民に混じった間諜達も毒気を抜かれた顔して出て行ったよ。だから当分、妙な言い掛かりはして来ないんじゃ…」
 しかし臥信の言葉が言い終わらないうちに、寝台を叩く不穏な音がした。
「親父共!俺の楽しみを横取りしやがって―!!」
 固めた拳を震わす英章を見やり、琅燦は溜息を吐いた。
「成長していない…」


 驍宗の天幕を訪れた霜元は、その傍らの大木の下に立つ、見慣れた二つの影に気が付いた。
「何時からこちらに…冷えませんか、驍宗様」
 霜元の姿を認めた驍宗は、ただ軽く首を横に振る。隣に立つ巌趙が、白い息を吐きながら尋ねた。
「解き放した間諜の動きはどうだ」
「半分ほどは逃げたようです。元々喰い詰めた土匪を間諜に仕立て上げただけですから、気が変われば二度と戻ることはないでしょう」
 驍宗が苦笑した。
「そもそも“あの”文州候のことだから、鴻基の誰かに金だけ貰い、後は言を左右にして放っておくつもりなのだろう」
「さすが土匪の親玉ですなぁ」
 巌趙は呵々と笑う。
「しかし、玩具を取り上げられた英章(ぼうず)は機嫌を損ねているでしょうから、驍宗様の方から一言声を掛けてやって下さい」
 霜元も頷いた。
「臥信も英章も良くやってくれます。彼ら師師(しきかん)が前に立ち、民からの攻撃に無抵抗で耐えているからこそ、先の見えないこの戦でも、兵士の士気は今だ衰えません」
「それは、巌趙、霜元、お前達もだろう」
 驍宗の何もかも見透かすような紅い瞳を向けられ、霜元は思わず俯いたが、巌趙は平然としている。
「兵士をやる気にしたければ上官が前面に出るのは当たり前―だからと言って、将軍がしゃしゃり出たらいけませんぞ。私達の仕事が無くなってしまう」
 子供を諭すような巌趙の言い様に、常に研ぎ澄まされた印象を与える驍宗の表情が、ふと緩む。それを見た霜元も微笑んだ。
 それから驍宗は視線を先へと向けた。
 天幕のある此処は緩やかな丘陵の頂近くにあり、轍囲の県城と街が見下ろせる。しかしその辺りは殆ど灯りが見えず、街を囲む禁軍の篝火がその暗さを一層際立たせている。
「街に立て籠もる民も、今が一番苦しいところだろう。僅かなきっかけで自暴自棄になり暴発するかも知れぬ。
 兵士もお前達も辛いだろうが、堪えてくれ」
 二人の麾下は黙って頷く。更に視線を伸ばせば、満天の星空が地上を見下ろしている。その細かな輝きが、やがて六花となって零れ落ちてくる日も近い。
 驍宗は今一度表情を引き締め、地上の闇と灯りを見つめ続けた。

― 了 ―
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背景画像「篝火幻燈」さま
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