「投稿作品」 「祝8周年激白祭」

実は楽陽派だったと激白してみます  饒筆さま

2013/10/04(Fri) 12:15 No.81
 こんにちはー♪  夜は帰りが何時になるかわからないのでお昼に失礼します(てへっ)。
 図南ネタがまとまらなかったので、表題のとおり、 実は楽陽スキーなんです〜という激白を籠めて書いてみました。
 でも楽陽は、どれだけ相手を想っていても精神的に深く繋がっていても、 男女の仲になりそうな感じがしないんですよね〜ふむ。 うっかり恋愛に踏み込んでしまわないところこそがまた素敵だと思うのですが。 みなさま、いかがでしょうか?

おかえり

饒筆さま
2013/10/04(Fri) 12:17 No.82
 何もかもが古びた岩窟の部屋に、柿色の夕陽が満ちる。窓を開け放っているのに、髭はぴくりともそよがない。
――暑いなあ……。
 楽俊は小さな肩を落として嘆息した。夏はとうに去ったはずだが、灰茶の毛並みをちりちりと焼くような、この西日の熱はまだ健在だ。すっかり根負けして、法令集から丸い目を上げる。
 既に大学を去った友人が残した書き付けを栞代わりに挟み、彼から貰ったその書をそっと卓へ置いた。そして椅子を陰へ移動させようと立ち上がったとき――
 長く引き伸ばされた人影が、石床に落ちた。
 特に驚くこともなく窓を見遣れば(窓からの訪問者には慣れている)、眩しい夕日と似た色の髪を背負った稀客が窓枠に足をかけていた。
「陽子?!」
 嬉しい吃驚の声に、影になった顔がクッと笑う。
「そうだよ、楽俊。久しぶり」
「どうしたんだ、いきなり」
 陽子ぉ。忙しいのはわかるが、せめて先に知らせてくれよ――そう窘めつつも、楽俊は朗らかに笑って歩み寄る。
 一方の陽子は軽い音とともに床へ跳び降り、楽俊に向かって顔をあげ――にっこり微笑もうとして失敗した。眉尻が下がり、凛とした貌がくしゃりと歪む。
「ごめん。どうしても今、会いたくなって……」
 潰れた胸から絞り出すような声。楽俊は目を大きく瞬かせ、口を慎んだ。思慮深く優しい瞳が陽子を映し、やがて鼠の口元がふっくりと綻ぶ。
「そうか」
 小さな温かい手が、力なくぶら下がる陽子の手を取る。
「じゃあ、ゆっくりしていきゃあいい」
 楽俊はそのまま陽子の手を引いて、ぽてぽてと一つしかない椅子へ案内した。が、陽子は頑是ない子供のように首を横に振った。
「勝手に押し掛けてきたのに、私だけ座る訳にはいかない。あっちで一緒に座ろう」
 女だとは、特に女王だとは思えないほど武骨な指が指したのは臥牀(寝台)だった。
「……」
 確か、前回もその前も釘を刺したはずだがなあ、と楽俊は髭を萎れさせる。まあ榻(長椅子)なんて洒落た物は無いのだから仕方ない。
 薄暗い臥牀の端に肩を並べて腰掛けて、赤い斜光の中で塵が輝く様を眺める。
――いったい、何があったんだろう……?
 項垂れる親友を案じ、楽俊がその横顔を窺えば。ひとつに括って纏めた紅の頭がゆっくりこちらへ倒れてきて、しなやかな身体の重みと温もりが楽俊の頭や肩に乗った。(ひゃあ!)
「少しだけ、このままでいてくれないか」
「あ、ああ……うん」
 楽俊はガチガチに緊張したまま、コクンと頷く。本当にどうしたのだろう?……いいや、問題は何が起きたかじゃない。此処まで降りて来てしまうほど、陽子の心が弱っているということが問題だ。
 半獣の親友は、陽子と一緒に己が胸を痛める。
――陽子……陽子は天の階を昇って、神の高みへと羽ばたいたんだ。今や、その身に慶国の全てがかかっている。本来は、おいらの元になんか戻って来ちゃいけねえ。
 だから、楽俊はほんの少し頭を預け返して祈った――玉京におわします神々よ、どうか陽子の辛苦をおいらに背負わせてください。それでおいらが潰れたって構わない。陽子は永遠に前を向いて闘い続けなきゃならないのだから、辛い荷物は全部ここに置いてゆけばいい。
 投げ遣りに放り出された腕がなんだか侘しげに見えて、つい引き寄せる。すると、陽子は甘えるようにぎゅうっとしがみついてきた。短い毛並みに頬を擦るように埋め、掠れ声で囁く。
「ねえ楽俊……」
「うん?」
「確か、来年には卒業だよね?」
「……うん」(あのさ陽子、耳に息がかかってくすぐってえんだが・赤面)
「進路は決めたの?どうするの?」
「まだ考え中だ」
「まだ?!」
 声が跳ね上がり、陽子はいきなりムクッと身を起こした。
「前の便りでも、その前でも訊いたのに、考えているとしか言ってくれないじゃないか!……楽俊、本当はどうするつもりなんだ? 言えないのか? 就職先に苦労しているなら私が――」
 互いの目をまっすぐ覗き込んで、陽子はまた、すぐに目線を下げた。
「……ごめん」
 しょげかえって謝罪する。
「楽俊は英才だ。そんなわけないよな……ごめん。……あのさ。私は楽俊の選択に口出しなんてできないし、するつもりもないよ。楽俊の人生は楽俊のものだ。何をしてもいい。どんなに変わってもいい。どれだけ遠くへ行ってもいいんだ。ただ――」
 勇ましい言葉とは裏腹に、僅かに潤む翠瞳が叫んでいる。
――この手を離さないで。私を捨てて去らないで。お願いだ、どうかこのまま変わらないで。
 楽俊はそのつぶらな目を穏やかに細める。本当に陽子は嘘をつくのが下手だ。
 彼女の本心は吐息に交じって零れ落ちる。
「できれば……仙になって欲しいんだ、楽俊も」
 優しい青年は口をつぐんだまま、おっとりと耳を傾けている。
「そして、便りだけは絶やさないでくれ。時々、こうやって会いに来るのも許して欲しい。でないと……私は糸が切れた凧になってしまうから」
 寄る辺も当てもなく、ただ暗い虚空を舞う抜け殻になってしまうから。
「でもこれって、ひどい我儘かな……?」
「そんなことは……」
 ねえさ、と言いさして、楽俊はふと気づいた。
――糸が切れた凧、か。そういや、陽子は常世(こっち)に『家』も『故郷』も無いんだな。
 楽俊は改めて陽子に向き直った。力ばかりが籠もる陽子の腕を、小さな鼠の手がさすって宥める。
「大丈夫だ、陽子。安心しな。おいら前々から官吏に――仙になるつもりだったぞ。鸞の便りもやめねえ――陽子が忙しくなけりゃな」
 みるみる弱まる光の中で、見つめ合う二対の瞳だけがキラキラ輝いている。楽俊は微笑んで、こりこりと頬を掻いた。
「実はな、進路の件はあまりにも引く手が多すぎて、逆に困っているんだ……ありがたい話ばかりなんだがなあ。延台輔があちこちでおいらの話をしてくださったみたいで、前評判が良すぎて身が縮むくらいだ。だから、本当に考え中なんだ。陽子にはちゃんと決めてから話をしようと思って――でも、こちらこそごめんな、黙っていたせいで不安にさせちまったか?」
 陽子はまた頭を振る。
「ううん。……それなら、良かった」
 陽子の表情がややホッと和んだのを見、楽俊はさらに言い募る。
「なあ陽子、おいら約束するよ。これからも――いつでも、どこでも、何をしていても、おいらは陽子を待っている。声が聞きたくなったら鸞を飛ばしてくれ。会いたくなったら、いつでもおいで。扉も窓も開けているから――ちゃんと『おかえり』と言って迎えるから」
 紅唇が開いた。翠瞳が揺れる。楽俊は明るく笑う。
「だから、ここでちょっと休んで元気になったら、また頑張りに戻るんだぞ」
――おいらは変わらないよ。いつまでも陽子を見守っているから、帰る場所なら此処に用意しておくから。陽子は何も心配しなくていい。陽子らしく、精一杯がんばってくれよ。
 紅い睫毛が上下して、一筋の涙が零れた。
「ありがとう」
 それから陽子は、手の甲で頬の雫をぐいと拭く。泣きながら笑ってみせる。
「あははっ。ホントに嬉しいよ、楽俊。……ただいま」
「ああ。おかえり」
 楽俊もひときわ大きく笑って、
「じゃあ、まずは茶でも淹れてこようか。そういや、夕飯はどうする? 腹が減ってはなんとやら、だ。食堂に行ってみるか」
「うん……うん」
 陽子はべそをかきつつ何度も頷いて、突如、ガバァッと楽俊に抱きついた。
「ありがとう、らくしゅーんッ!!!(感動したっ!)」
「だから慎みを持てってえぇぇぇぇ!!!!」
 勢い余って二人転がった臥牀の上。
 どこからともなく、湯菜の優しい香りが漂ってきた。

<了>

あとがき  饒筆さま

2013/10/04(Fri) 12:17 No.82
 うおおぉぉ私も楽俊が欲しい!(笑)
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背景画像「篝火幻燈」さま
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