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(開催期間 03.20.〜05.28.)
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初めまして。
碧壱 2019/05/25(Sat) 02:40 No.636 [拍手送信]

速世未生様、皆様、はじめまして。碧壱(あおいち)と申します。

大変遅ればせですが、桜祭ご開催おめでとうございます。
十二国記歴は大変浅いのですが、こちらのお祭が最後と聞いて、なんとか小説らしきものを書き上げ参上した次第です。拙いうえ、ろくに推敲もできていないものを皆様の作品と並べてしまうのは大変心苦しいのですが、枯れ木も山の賑わいとして、ご笑覧くださいますと幸いです。誤字などの他、n番煎じのネタ被り等もあるかもしれませんが、何卒ご寛恕くださいますようお願い申し上げます。

速世未生様、このような素晴らしいお祭を本当にありがとうございます。参加できる機会を得ましたことを大変光栄に思います。



登場人物:陽子、鈴
作品傾向:ほのぼの
文字数:2069文字

無題
碧壱 2019/05/25(Sat) 02:42 No.637
 部屋に人が入ってくる気配を感じて、ぼんやりしていた意識が引き戻される。その瞬間、手元の美しい料紙がただの反古紙に変じていたことに気づいて、陽子は溜め息を吐いた。筆を置いて目をつむり、眉間を押さえる。鈍い痛みが、まるで目の前の料紙に滲んだ墨のように広がった。

「失礼いたします、主上」

 かけられた声に陽子はおやと思う。衝立の向こうから姿を現したのは、本来ならここにはいないはずの友人だった。

「今は他に誰もいないよ」

 それは『堅苦しいのはやめてくれ』と暗に伝える、陽子のお決まりの科白だった。伏せていた顔をあげた鈴は小さく笑いをこぼす。書卓脇の小卓へ近づいた鈴の手には、茶器を載せた盆があった。

「内殿に来るなんて珍しいな」
「陽子への贈り物をお預かりしたから、すぐに渡さなきゃって思って」
「贈り物?」

 陽子の問いには答えず、湯を持ってくると言うなり、鈴は小走りに部屋を出ていってしまった。呆気にとられた陽子だったが、はたと気付く。ここでお茶を淹れるのか――。普段は女官が厨房で淹れたお茶を茶海に移しかえて運んでくる。茶器一式を運ぶとなると嵩張るし、なにより湯を沸かすのに使う鉄瓶は重い。だから鈴も先に茶器を持ってきたのだろう。煩わせてしまったという思いに、また溜め息がこぼれた。重たい手つきで反故紙を丸め、書卓の上を申し訳程度に整えていると、入室を告げる鈴の声と足音が再び聞こえた。鈴が淹れてくれるお茶を飲んだら、先ほど書き損じた書簡を書き直さねばならない。それが終わったら次は――またぞろ思考が鈍りだした矢先、茶托を置く小さな音が耳に届いた。

「陽子」
「……ああ、ありがとう」

 礼を言って茶杯に手を伸ばしたものの、陽子は途中でぴたりと動きを止めて、目を瞬かせた。お茶を差し出されたとばかり思っていた陽子の目に飛び込んできたのは、一口にも満たない僅かな水と、長さ一寸ほどの小さな固形物が入れられただけの茶杯であった。これは……茶葉、だろうか――。初めて目にしたそれは、艶やかな白磁に映える浅紅色をしていた。

「見ていてね」

 怪訝そうに茶杯を覗き込む陽子の目の前で、鈴がそっと湯を注ぐ。数舜ののち、ふわりと立ち昇った香りに陽子は目を見開いた。

「これ……」

 思わず手に取った茶杯の中で桜が一輪、ゆっくりとほどけるように開いていく。

「すごい……」
「桜湯っていうんですって」
「どうしたんだ、これ」
「延台輔が持ってきてくださったの。今年のは風味が格別だから、陽子にお裾分けって」
「延麒がきたのか?」

 聞けば昼過ぎに急に訪ねてきた彼は、陽子か景麒を呼んでくると言った鈴たちを押しとどめ、手土産を渡すや否や、疾風の如く立ち去ったという。きっと門卒たちも面食らったに違いない。その様子がありありと目に浮かんで、陽子はそっと口元を緩める。恐らく延麒は、陽子がこの三か月の間、金波宮を離れられない状態だったことを知っているのだろう。彼が知っているのならば無論、彼の主も。お裾分けは見舞いの口実で、鈴は更にそれを口実にして、働き詰めの陽子の様子をうかがいに来たのだ。心配ばかりかけて申し訳ない反面、彼らの心遣いを嬉しいと思ってしまう自分を自覚して、陽子はひそりと苦く笑う。桜湯を一口啜ると、鼻に抜ける甘い香りに力が抜けた。ほのかな塩気が疲れた体に染みていく。まるでみんなの優しさを飲み込んだようだと、陽子は思った。

「――ごちそうさま」
「お代わりは?」
「いや、もういいよ。――鈴、ありがとう」

 鈴はきょとんとしたあと、面映ゆそうに笑いながら茶杯を受け取った。

「御礼は延台輔に申し上げないと」
「うん、あとで鸞を送るよ。ねえ、この桜湯って、まだあるのかな」
「ええ、壺いっぱいに」
「よかった、なら近々みんなでお茶会をしよう。今年は花見ができなかったから、その代わりに」

 お茶会と聞いて明るくなった鈴の顔が途端に曇る。無理をしちゃだめよと言う鈴に、陽子は軽く首を振ってみせた。

「あと数日で片が付くから」
「本当?」
「うん。蓬餅が食べたいな、まだ作れる?」
「陽子ったら、なんだか急に元気になったわね」
「そうかな」
「最初に部屋に入ってきたとき、酷い顔をしていたわ」
「ああ、二月からずっと書卓にかじりついていたから。さすがに目が疲れた」

 さて、と陽子は呟いた。そろそろ仕事を再開せねばならない。両腕をぐっと上に伸ばす。肩が痛みを訴えたが、凝り固まった筋肉がほぐれる証のようなその痛みが心地よく感じられた。ゆっくりと腕をおろせばじわりと血が通ったような気がして、詰めていた息をほっと吐き出す。その瞬間――かすかな桜の香りが、鼻をくすぐった。

「あ……」
「どうかした?」
「いや――春が来たな、って」
「ええ?」

 もうすぐ五月になるわよと言って鈴は首をかしげたが、陽子は小さな声でいま春が来たんだと言うと、ただただ幸せそうに、まるで花が綻ぶように笑ったのだった――。
Re: 初めまして。
碧壱 2019/05/25(Sat) 02:44 No.638
本文の投稿に認証キーを打ち損ねました、申し訳ありません…!!
春が来た
ネム 2019/05/25(Sat) 23:38 No.645
 碧壱さん、初めまして!ネムと申します。
 3カ月缶詰状態だった陽子。ものすごくリアリティがありますね ^^; でもその分、茶杯の中で桜の花がゆるゆると開く描写に、陽子の気持ちが重なって、何とも言えずあたたかい気持ちになれました。陽子の「いま春が来たんだ」という台詞に、彼女と周りの人々の想いが集約していますね。
 また機会があれば、お話読ませて下さいませ。
はじめまして!
文茶 2019/05/26(Sun) 00:37 No.650
碧壱さま、はじめまして!
頑張る陽子主上をさり気なく気遣う皆に心温まりました。 言葉にせずともちゃんと伝わっているんですよね。 そんな仲間が陽子主上のまわりにたくさんいてくれることが嬉しくてたまりません。
桜湯の花が柔らかく開いていく様子に、こちらまで気持ちがほぐれました!
温かなお話をありがとうございます!
まさしく春
桜蓮 2019/05/26(Sun) 10:30 No.662
碧壱様、初めまして。桜蓮と申します。
陽子さんの周りの人々の優しい気遣いと、桜湯の中でふわりと開いた桜の花が重なって、とてもあたたかい気持ちになりました。
こんなふうに皆のあたたかな支えがある赤楽王朝は、きっとこれからも長く続いていくのでしょうね。
素敵なお話を読ませていただき、どうもありがとうございました!
桜の香り
2019/05/26(Sun) 18:12 No.688
碧壱さま、はじめまして、こんばんは!葵と申します。
ふんわりとこちらに桜の香りが漂ってきそうなお話、堪能させていただきました。
3ヶ月間の缶詰、お仕事づくしでお疲れの陽子さん…容易に想像できてしまいますね;慶はまだまだ復興途中だけれど、でも最後の一文で、ああ慶にも春が…と文字の間に世界が広がる心地がいたしました。
素敵なお話をありがとうございましたm(__)m
初めまして!
饒筆 2019/05/27(Mon) 00:37 Home No.715
初めまして、碧壱さま。饒筆と申します。
陽子主上のワーカホリック具合がとてもリアルで、またそれが一杯の桜湯によってゆるゆると癒されてゆく様も繊細に描かれていて、陽子さんの胸中も読み手の胸もほっこり温まる、素敵な一幕ですね!
なにより、忙殺されていても周囲の気配りや優しさに気付くことができる陽子さんが一番素敵だなあと思います。
サウイフモノニ ワタシハナリタイ。
ほっとして嬉しくなる御作をありがとうございました!
いらっしゃいませ!
未生(管理人) 2019/05/27(Mon) 10:19 No.726
 碧壱さん、初めまして。ようこそ桜祭へお越しくださいました。見つけてくださり、またご参戦くださりありがとうございます。
 認証キーを打ち損ねたとのことですが、訂正がある場合は管理人にお申し付けくだされば直しますので大丈夫ですよ〜。
 無題とのことですが、できれば題名をいただきたいですね〜。ご検討いただけると嬉しく思います。

 鈴をはじめとする陽子主上の周囲の方々の優しさが沁みるお話でございました。陽子主上は根を詰め過ぎですよね〜。そんなときに桜湯で春を感じる……。お相伴したいものでございます。

 ネムさん、文茶さん、桜蓮さん、葵さん、饒筆さん、先レスありがとうございました。
ありがとうございます!
碧壱 2019/05/28(Tue) 22:04 No.767

度々の遅参、大変申し訳ありません…!
お祭の期間中は些か立て込んでおり、皆様の素晴らしい作品の数々へ感想をお伝えすることが叶わなかったのですが、このように皆様のあたたかいお言葉を頂けるとは…汗顔の至りではありますが、心より御礼申し上げます。

携帯からの投稿のため、脱字等があるかもしれません。申し訳ありません…!


>ネム様
初めまして、コメントをありがとうございます。
赤楽初期は耕地の整備等で田植え前まで忙しそうだという想像のもと、季節の移ろいを愛でる余裕が無い陽子に、周囲の人達が春を届けてあげて欲しいと思って書いたので、そう仰って頂けて、とても嬉しいです。

>文茶様
初めまして、コメントをありがとうございます。
和州の乱後、陽子は「言葉で伝える」ことをなによりも大事にするのではと考えているのですが、文茶様の仰るように「言わずとも伝わる」人達がそばにいてくれる事が、なによりも陽子の救いになるのではと思っています。

>桜蓮様
初めまして、コメントをありがとうございます。
陽子が執務室に籠りがちになると、鈴や祥瓊、虎嘯たちは顔を合わせるたびに様子を尋ね合っているのではと思います。いつか別の道を歩むことになったとしても、皆がくれた思いが陽子の治世を支え続けてくれるはずですよね…!

>葵様
初めまして、コメントをありがとうございます。
登極とともに巧が傾いたのですから、雁の後ろ楯を得ても復興の道は険しそうですよね。桜の季節をゆっくり堪能できるような時代がはやく慶に来て欲しいですね。文才の無さに絶望しながら書いたので、お言葉に恐縮の思いです…!

>饒筆様
初めまして、コメントをありがとうございます。
どんなに仕事がハードでも他者への感謝を忘れない陽子に、皆ついて行こうと思うのではないかと。言われてみれば雨ニモマケズな陽子ですが、「自分も大事にしてね」と言ってくれる人達がいるから、彼女は王でいられるのでしょうね。

>速世様
速世様、拙作へのコメントをありがとうございます。
真面目過ぎる陽子ですが、そんな彼女だからこそ周りにあたたかな人が集まるのだろうなと思います。雁国自慢の桜で作る桜湯、私も飲んでみたいです。

認証キーの件ですが、恐らく本文の訂正はないと思います。お騒がせいたしました。
それと題名なのですが、なんとか考えて近日中にお伝えに参ります…!
末筆ですが、長年のお祭の開催、本当にお疲れ様でした。この素晴らしいお祭に参加できましたことを心より嬉しく思います。投稿の折にも申し上げましたが、重ねて御礼申し上げます。本当にありがとうございました!
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