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(開催期間 03.20.〜05.28.)
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そっとお邪魔いたします
2019/05/25(Sat) 12:01 Home No.639 [拍手送信]

そっと土の中から這い出て参りました、葵という粘液に塗れた生き物です。
未生さま、このたびも桜祭りの開催をご決断くださいましてありがとうございました。毎年、花の時期がくるたびにこちらのお祭りを大変楽しみにさせていただいておりました。未生さまや十二国記を愛好する皆様と一堂に会する場は心の癒しであると共に支えでもありました。

薫風にのって聞こえてまいりますお祭りの御囃子にワクワクソワソワしながらも、なかなか自らの献上品が仕上がらず、とうとうこんなギリギリになってしまいました。
人生もギリギリな葵ですが、献上もギリギリ。貯金高もギリギリです。こんなギリギリ女ですが、お祭りのお目汚しにささやかな粗品を献上させていただきます。

登場人物:モブ女、陽子
作品傾向:普通郵便120円
文字数:4000字

書簡
2019/05/25(Sat) 12:07 Home No.641
拝啓 陽子様

今年もまた川に雪解け水が流れ込む季節になりました。
送っていただいた卵果は順調に膨張してるみたい。昨年、扉に丸い硝子を嵌め込んで覗き穴を作ってくださったけど、あれは秀逸です。育ち具合が扉の外から観察できますもの。ちょうどうちのチビの背丈ぐらいまで育ちましたよ。数日中に生まれそうです――たぶん週末ぐらいかな。
お天気も良さそうだし、お暇があればまた空から降って来ませんか。ご一緒に眺めたいわ。チビも喜びます。今年でもう12になるんですよ、びっくりでしょう。あなたに最初に会ったときには乳を吸っていたのにね。
毎年、吹きゆく風に若芽の青臭い香りが混じると、あなたが初めて空から落下してきたあの日のことを思い出します。相変わらず脈絡なくあちこちに落下していることと思いますが、あまり変なところに落ちるのはやめてください。あなたを回収しに来る人たちは毎回本当に大変ですね。
生きた人間が降って来るのを見たのはあれが初めてでした。木と木の間に張ったばかりの吊床の網をぶちぬき、なけなしの弁当の上に尻の下にどすんと敷いたときには殺意が湧きましたね。でもあなたはずるいのです。男装の麗人の迫力というものを私はあのとき初めて知ったのでした。
なんて綺麗なお顔。弁当の山菜ごはんにまみれながら、凛々しい眉と、炯々と輝く翡翠の瞳にぼうっと見惚れましたっけ。怪我はないか?なんてほざいて差し出された剣だこのある細い腕。私は髪に煮筍を、あなたは鎖骨に鶏のから揚げをくっつけて、互いに見つめ合いましたっけね。
破壊された道具類を片付け、弁償にと差し出された金子を少々大目にふんだくってようやく溜飲が下がりました。台無しになった昼飯のかわりに鍋で米を炊き直してくれるあなたのうなじを見下し、唐突に私は許すことにしました。私は美しいものにめっぽう弱いのです。あなたのうなじは凛として、小麦色で滑らかで、そりゃあ綺麗だったから。
あなたは炊きたてのご飯を三杯もおかわりして食べながら(それ私の米です)、ぐるりを見回して「このあたりは桜がないのか」と呟いた。この土地のことを御存じない人がいることに、びっくりしてしまった。狭い里の中で暮らしているものだから、うっかりここの常識が世界の常識だと思い込んでしまっていたのね。
「もちろん生えるけど、大きくなって花芽をつける前にみんなてんでにどこかへ行ってしまう」と言ったらあなたは可愛い目を丸くした。
「どうやって?」
この土地に生えた桜は根っこを足のように使って自由に動けるので、もっと居心地のよい場所を求めて出て行ってしまうのだと説明すれば、なんで桜だけ?とわけがわからないご様子で、何食わぬ顔で茶碗に四杯目のおかわりをよそった。食べ過ぎですよ。
まあ里の者にしたって桜が逃亡する理由は知らない。ただ昔からずっとそうだったと聞いている。稲は植えられたまま微動だにしないし、果樹の類も日当りのいい場所を求めて動いたりはしないのに、なぜ桜だけ動けるのか。まあ別に生活に支障はないからいいかな。日常なんてそんなふうに流れていくものです。
食後、あなたは新しい吊床の紐をぶきっちょに編みながら、ぶらぶらとそこらを歩き回った。
石灰岩の丘陵の中腹にひっそりと佇む私たちの里は、傾斜にひしめく細長い棚田が陽光をはじき、さながら砕けた鏡の迷宮のよう。朝夕に谷間から立ち上る靄は金銀に煌めき、波のようにひたひたと田野を侵食する。
山肌にはいたるところに大小の洞窟が口をあけ、とびきり冷たい湧き水がさらさらと滲み出している。鍾乳洞の奥まった一隅を彫りこんで、居住可能な小堂にしつらえてあるのだけれど、小さな仄暗い房室が身を寄せ合い、軒をつらねるさまは表の棚田をそのままひっくり返して裏にしたようだ。夏の暑い時期には皆ここで涼む。
興味深そうに洞窟に踏み込んだあなたは、やがて房室のいちばん奥にそそり立つ華殿を見つけた。巨大な石筍を彫りこんだそこはちょっとした宮殿のようで、こんな鄙びた里には場違いだけれど、私が生まれたときからあるものだった。雲の上から降りて来た仙人の大昔の離宮などとまことしやかに言われているけれど、真偽のほどは定かではない。
どんな鍵も合わぬ開かずの宮殿だったのに、あなたがちょっと指を触れただけで――まあ!いとも滑らかに両扉が開門したのだから、私は口をぽかんと開けた。びっくりですよ。なんの躊躇なくずかずか入り込んでいくあなたに二度びっくり、慌てて背を追いました。
なんとも奇妙な広間でしたね。
明るくはないけれど暗すぎもしない。
しんと静まり返って物音ひとつしない。
ぴかぴかの床には唐草模様のモザイクタイルが整然と敷き詰められていて、塵一つ落ちていない。
目に沁みるような青に塗られた左右の壁には背丈ほどの細長い窓があったけれど、窓の向こうはただ漆黒の闇ばかり。首を突き出してみても何一つ見えはしなかった。窓辺に鈴蘭の花を象った灯籠がぽつんと項を垂れて、弱弱しい光の輪が闇を掻き混ぜている。天井を仰げば、そこもひたすらの青。壁と違うのは白い雲の絵が一面に描かれていることで、まるで本物の空みたいだ。
中央に、お皿みたいな形をした陶器製の窪んだ台座があった。不思議な冒険の途中だというのに、あなたはいかにも気の抜けた声で「あー、奴が言ってたのはこれか」と呻いたわ。
懐からつるつるした小さな卵果を取り出し、無造作にその台座にのせると、卵果は生まれたときからそこに生えていたみたいに、ひどくしっくりとおさまってしまった。
卵果はこれからデカくなるだろう、デカくなったら自然と割れて、中から何か出て来るはずだ、それを使えば、もしかしたら過去に逃亡した桜の群れがごっそり見つかるかもしれないとあなたは言った。
「人から聞いた話をそのまま言ってるだけだから曖昧だけどね。昔の文献にやたら詳しい男がいてね、なんつったかな、卵産宮段、至歩桜苑……とかいう詞があるんだってさ」

――卵果、宮ノ段ヲ産ミ
――歩桜ガ集フ苑ヘト至ル

たったいま床の台座に据えた卵果は、いつか青の宮殿に行き合うことがあったら植えておやりなさいと、その男にまるで犬に骨を与えるような気軽さで、ぽいと投げてよこされたそうだけど、そもそもなんでそんな卵果を持ってたのかしら、その男。
洞窟から出ると、外の明るさにぐっと目が眩んだ。
よく見えないでいるうちに、大小の変な獣の群れが空から次々降って来たかと思うと、馬上からものすごく筋肉まみれな武人が飛び降りてきて、あなたを小脇に抱えあげ、捕獲完了とばかりにあれよあれよと空へと帰っていってしまった。すべてが一瞬の出来事でした。私はわけもわからず呆然と手を振った。あなたもおにぎりを持ったまま振り返した(それ私の米です)。
あなたが慌ただしく去ったあと、あの宮殿の扉はまた開かなくなってしまった。
うちの太めの旦那が体当たりしても駄目だった。でもめげずにドンドン叩き続けていたら、ある日ふっと何事もなかったように開いたのです。そうして中には、天井いっぱいまで育ったあの卵果がそそり立っていた。デカくなるとは聞いていたけれど、予想外のデカさでした。
殻に耳をつけると戸を叩くような音がした。見守るうちにも、ぽろん、ぽろんと殻が剥がれて穴が開き、ふうわりとした薄金色の光が零れ出て――そうして卵果から生まれたのは……
――え、……階段?
まさか本当に卵から階段が生まれるとは思ってもみなかったわ。
生まれたばかりの階段はつやつやで、黄金の手摺が美しく、足をのせてみると柔らかく撓んだ。しかもほんのり温かい。階段は宮殿の天井を突き抜けてなおもその先へと続いていた。一段ごとに光が増して、ふっと頭が何かを突き破ったと思ったら、もうそこは一面の桜、桜、桜。千本とも万本ともつかぬ、桜の苑でした。
花弁が華やかにきらめいて重なり合う。薄桃色に透けた花々はしんしんと無心に歌っているかのよう。鍾乳洞はどこへ消えたんでしょう。ただ、なだらかな平野が波のようにうねりながら延々と続いていた。突兀とした山脈の連なりが遠景におぼろに霞み、空には太陽が見当たらない。白綿のような優しい光がどこからともなく差しこみ、あたりを満たしているばかり。
里から逃げ出した歴代の桜たちは、皆ここに集まっていたんですね。
おおかた人間に枝を折られたり、毛虫に葉を食われたりするのが嫌で逃げたのでしょうけれど、あまりに数が多すぎて、息を吸うたび花弁で肺が詰まってしまいそうでした。
太めの旦那とふたり、寝転がってひとしきり花見を堪能しました。夢のような時間を過ごしてから、また階段を下って里へ帰りました。帰ってみて驚いたのは、私たち夫婦はなんと一週間も行方不明になっていたことです。里人たちはあちこちを捜索してくれ、おおかた崖から落ちでもしたんだろうと半ば諦めていたところにひょっこり戻ったものだから、大いに騒がせてしまいました。
あれから毎年、花の季節になるとあなたは新しい卵果を送ってくれるようになりましたね。
すでに里人の皆も総出であなたをお待ちしています。満開の桜の花見に行くのはそりゃあ楽しみですもの。もちろん一週間分の家畜の餌はたっぷり用意したし、畑の草ひきや水やり、薪割り、すべての準備も万端に済ませましたとも。今ではここは「春の一週間だけ里人が消える邑」として有名らしいです。
山菜ごはんに煮筍、唐揚げ弁当の準備も整ってます。あなたのために米はたくさん炊いておきます。新しい吊床も編んだから、桜の枝に結べば花の中でうっとりと昼寝ができますよ。あなたのお友達や、筋肉まみれの武人もぜひ連れて来て、みんなで花見をしませんか。
そうだ、たまには男装じゃなく女装はどう?きっと綺麗だと思います。何度も言うけれど、私は美しいものにはめっぽう弱いんです。
ではでは、お待ちしていますね。

敬具
 
やっぱり葵さん(笑)
ネム 2019/05/25(Sat) 23:23 No.644
 葵さん、お久し振りです!桜祭でお会い出来てうれしいです。
 葵ワールド健在ですね。いろんなものが歩き回って、不思議な世界が展開して、陽子が元気に世界を巡って、そして美味しいものがちゃんと用意されていましたね(山菜ごはんに筍〜v)山肌の小さな村や青い洞窟、そして桜の苑の美しい描写も相変わらずで、私も一週間行方不明になりたいです(笑)
 びっくり箱のようなお話、楽しませて頂きました! 
流石です!
文茶 2019/05/26(Sun) 08:00 No.655
葵さま、こちらではお久しぶりです!
わっしわっし歩く桜を想像し、指輪物語のエントを思い出しましたが、あんなにゴツくはありませんわね。 なんといっても桜ですもの、楚々と歩くにちがいない......かな!? (笑)
モブ姐さんのツッコミがもう楽しい楽しい! 王宮に召し上げて陽子さんとコントを繰り広げて欲しいくらいです(笑) そして綺麗なものがお好きな彼女に、陽子さんを飾り立てて欲しいですね〜。 求人票来てません!?(笑)
葵さまの不思議ワールド、堪能させていただきました!
歩くなんて…っ!
桜蓮 2019/05/26(Sun) 10:29 No.661
本当に、今回も葵ワールド前回のお話、とても楽しく読ませていただきました(笑)。
青の宮殿の卵果に、歩く桜、是非この目で見てみたいです!
それにしても、閣下(だと思い込んでいます)は、本当に不思議なものを色々お持ちですね!
そして、陽子さん、さすがに食べ過ぎですよ!(めっ!・笑)
葵ワールド
ひめ 2019/05/26(Sun) 17:54 No.685
あ、先にコメントいただいちゃった。こちらこそお久しぶりです。

コチコチ頭になってしまった私にもわかりやすい今回の葵ワールドでした(笑)。
書簡形式、っていうのがまず面白いですね。モブ姐さん楽しい。空から落ちてくる陽子にびっくりしない。
一週間邑人全員が行方不明。
桜が動く。歩く。

でも、桜が集まったところには桜餅がいっぱいあったはずなんですけどおかしいな(笑)。
コメントありがとうございますm(__)m
2019/05/26(Sun) 18:04 No.686
>>ネムさま

ネムさまぁ!だだだだだだだ(イノシシのようにおそばに駆け寄っております)御久し振りでございます、お会いできてとても嬉しゅうございます…!
うんうん、美味しいものは欠かせませんとも。ネムさまも筍がお好きでいらっしゃいます?奴らは大人にあんなに硬くなるのに、顔をだしたばかりのときはなんて柔らかくて美味しいのでしょうね、むむむ。
慶の桜は自立心に富んでいるので、きっと歩けるに違いありません!
読んでくださいまして、ありがとうございました!


>>文茶さま

文茶さま、いつもツィッターではお世話になっております!
指輪物語のエントさんたち、最高ですよね。葵はせっかちエントのブレガラドさんがイチオシでございます。うんうん、桜さんですから、もう木の髭さんよりちょっぴりほっそりしてて、優美でたおやかっぽい!
モブ姐さんと宮廷漫才、いいですね…!ぜひ見てみたいなぁ。
読んでくださいまして、ありがとうございました!


>>桜蓮さま

桜蓮さま、ちゅっちゅっちゅっ(お顔中にちゅうをかましております)こんばんは!
歩くんですよぅ。のっしのっし…桜さんが移動したあとには穴があいていて、そこはプレーリードッグの巣になっているのです。常世版プレーリードッグ、名称はたぶん棒立鼠。
陽子さん食べ過ぎ疑惑、こんなに炭水化物ばっかり摂取してて太らないところが羨ましいところでございます。
読んでくださいまして、ありがとうございました!
コメントありがとうございますm(__)m
2019/05/26(Sun) 18:07 No.687
>>ひめさま

おお、ひめさま、こちらにもコメントを残してくださるなんて…!ありがとうございます(伏礼)
良かった…!今回のへんちくりん話はそれほどぶっ飛んでなかったようで、ほっと貧乳を撫でおろしました。桜がいっぱいあるところには桜餅が…おおお、そうか、桜餅の描写を忘れてしまっておりました。痛恨の桜餅ミスでございます。
読んでくださいまして、ありがとうございました!
いやあぁぁ出遅れましたッ!!
饒筆 2019/05/27(Mon) 00:51 Home No.717
葵さま、お久しぶりです!ご参加くださって嬉しいです〜歩く桜と一緒に踊っちゃう♪(笑)
そうそう、生まれたばかりの階段を昇って辿り着いた桜園でも、実は桜たちは肩(枝)を組んで揺れたり歌ったりしていたら楽しそうですね。
タイやヒラメが踊る竜宮城みたいに……いやはや、奪われる時間が一週間で良かった!
あと、「(それ私の米です)」というツッコミが好き過ぎて声に出して読んでしまいました。それ私の米です。あーいつか言いたい使いたい!(あはは!)
唯一無二の不思議で美しくて楽しい花見の御作、存分に楽しませていただきました。ありがとうございました!
いらっしゃいませ!
未生(管理人) 2019/05/27(Mon) 10:41 No.727
 葵さん、今年もご参戦くださりありがとうございます! まつりをたのしんでいただけて嬉しく思います〜。

 今年の葵ワールドはモブ姐さんのユーモアに満ち溢れていますね! 去ってしまう桜、そんなものを調べてしまう某閣下、卵果ってそんなに簡単に手に入る物ナンデスカとツッコミを入れたくなりました(笑)。
 愉快なモブ姐さんは金波宮にお米を請求してもよいかと思います。陽子主上、明らかに食べすぎでございますから(笑)。

 ネムさん、文茶さん、桜蓮さん、ひめさん、饒筆さん、先レスありがとうございました。
コメントありがとうございますm(__)m
2019/05/28(Tue) 20:05 No.763
>>饒筆さま

きゃあ、饒筆さま!ぎゅうぎゅう!(いきなり鼻息荒く饒筆さまに抱きついております)
桜ちゃんのダンシング、いいですね!これだけたくさん生えてたらら、フラッシュモブみたいなのできるかもしれません。
「それ私の米です」は応用の利くワードですので是非是非日常で使って下さいませ。満員電車で、牛丼屋で、鼠ランドで、いろんなところを米まみれにいたしましょうぞ同志様。
読んでくださってありがとうございました!
コメントありがとうございますm(__)m
2019/05/28(Tue) 20:09 No.764
>>未生さま

未生さま、このたびは楽しいお祭りを開催してくださってありがとうございましたm(__)m
ええ、うちの閣下はぶっちぎりの変態設定ですので、いろんなものを集めてしまう性癖がございます。彼の知力財力人脈をもってすれば簡単に変な卵が集まってしまうのでした。
そうですね、モブ姐さんは金波宮に米を請求してもらいましょう!毎年花見のたびにかなりの量の米が消費されているに違いありませんとも。
読んでくださってありがとうございました〜!
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