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「桜の決意」@管理人作品第13弾

2007/05/12 05:22 No.159
 陽子末声決意。
 昨日、発作的に書き流し、一晩寝かせた代物でございます。 舞い散る桜は、どうしてこんなものばかり連想させるのでしょうね……。

※ 管理人作品は全て尚陽前提でございます。

桜の決意

2007/05/12(Sat) 05:27 No.159
 あなたがいれば、他に何もいらない。

 本気でそう思った。あのとき、素直に泣いて縋れば、あのひとは、留まってくれただろうか──。
 広い背を見送っては泣き崩れる夢を見る。それでも、現実に枕を濡らすことはない。目を覚まして自嘲の笑みを浮かべる。それでも君は泣かないんだね、と言ったひとにも、笑みを返しただけだった。涙など、あの日、あの木の許に置いてきたのだから。

 陽子は庭院に向かい、薄紅の蕾をつけた木の幹にそっと触れた。あなたがいればそれでいい。今尚、その言葉を口に出すことはできなかった。それは、陽子を見守る人々を、手酷く傷つける一言──。

 あなたに、ここに、いてほしい──。

 桜に額をつけて、胸で呟く。あのとき、そう告げたなら、あのひとはきっと、では一緒に逝こうか、と人の悪い笑みを見せただろう。覚悟のない言葉など、すぐに見透かすひとだから。
 泣いても喚いても、あのひとを留めることなど、できはしない。あのとき、陽子にできたことは、ひとつだけ。

 見送るか、共に逝くか、選ぶこと。

 ほんとうは、何もかも捨てて、一緒に逝きたかった。けれど、それは許されないこと。誰が許しても、景王陽子が己を赦せない。分かっていることだった。

 尚隆なおたか、今、あなたに会いたい。

 桜に小さく囁くと、忘れていた涙が、瞳の奥に染み出した。

「──主上」
 永い月日を共に過ごした半身が、そっと声をかけてきた。陽子は桜に身を預けたまま、呟くように問うた。
「──景麒、私……もう、楽になっても、いいかな……?」

「主上──お心のままになさいませ」

 穏やかな応えに驚いて振り返ると、半身は微かな笑みを浮かべていた。陽子は泣きそうに笑い、その肩に頭をつけて囁いた。
「──ありがとう、景麒。お前は……利広と同じことを言うんだな……」

 君は思うままにするといい。

 風来坊の太子はそう言った。そんなわけにはいかないよ、と陽子が否定するたびに、誰が止めても私だけは止めないよ、と笑ってくれた。

「──主上は、充分国に尽くされました。もう、自由をお望みになってもよろしい頃です……」

 いつもと変わらないぶっきらぼうな声。しかし、陽子をそっと抱き寄せる景麒の腕は微かに震えていた。ありがとう、もう一度告げて、陽子は半身を抱きしめた。

 それから、陽子は鸞を用意させた。南の国の太子に宛てた言葉は、ただ一言。

「会いたい」

 晴れやかな声で初めて告げたその想いは、きっと風を運んでくるだろう。そして、風は優しく見送ってくれるだろう。そう思い、陽子は淡く笑んだ。

2007.05.12.

後書き

2007/05/12(Sat) 05:39 No.160
 去年、「桜夢」を書いたとき、一切省いた部分でございます。 尚隆登遐後、「来訪」連作がくるはずだったのですが、 あの頃はまだひとつも書いておりませんでしたので。
 今回、「風来」「風想」「夜桜」を書いて、 いただいたご感想に触発されたもののひとつでございます。

>利広の手を自らとるのか?
>取ったら取ったで、なぜその手を離したのか?

 この問いには「来訪」連作にてご回答できればいいなと思っております (いつもの科白ですが、気長にお待ちくださいませ……)。 Kさま、ありがとうございました!

2007.05.12.  速世未生 記

「陽子末声決意」読ませていただきました 空さま

2007/05/12(Sat) 18:09 No.163
 景麒の無骨な優しさが切ないですね。
 陽子さんが疲れてしまう、それは愛する人を失って尚、がんばってがんばってがんばったから。
 そういう、想いがあふれていました。

 悲しいけど素敵です。続きも読みたいです!

ラスト3行 けろこさま

2007/05/12(Sat) 21:52 No.165
 ラスト3行に、全ての重荷を下ろして楽になった陽子の解放感を感じます。
 このラストは尚隆が登遐を決意して陽子を訪れた時の姿と重なり、 「思うままに」という利広が「花見」のころの陽子に重なります。
 そして、身を切られるほどの喪失感を再び味わうことになるとわかっていながらも、 己の半身の解放を薦める景麒の切ないやさしさに、胸が締め付けられるようです。
 続きは、もちろん、ゆっくりお待ちしております。

ありがとうございました(泣) 未生(管理人)

2007/05/13(Sun) 05:55 No.167
>空さん
 末声は苦手、とおっしゃってらしたのに、ご感想をくださり、ありがとうございます。 しかも、続きを読みたい、だなんて……(泣)。ほんとに嬉しいです。
 続きは、いつか書けたらいいなと思っております。ありがとうございました!

>けろこさん
 このように痛い作品にご感想をくださり、ありがとうございます。 このとき、陽子も末声を決意したときの尚隆に想いを馳せたことでしょう。 そして、自分の選択は間違っていなかった、と確信できたはず。 それが「解放」なのではないか、と思うのです。
 続きはゆっくりお待ちいただけるのですね。ありがとうございます。
背景画像「さららのアトリエ」さま
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