憩いのひととき
2007/05/18(Fri) 06:01 No.199
「──こんなところで寛いでる場合じゃないんじゃないの?」
茶杯を弄びながら、珠晶は上目遣いで利広を見つめる。利広は柔らかな
──それでいて淋しげな笑みを湛え、首を少しだけ横に振った。
「だって……利広は……」
「──花見をするには、まだ、早いんだよ、珠晶」
「花見、ですって──?」
珠晶は小首を傾げたが、利広はそれ以上は言わなかった。珠晶は大きく溜息をつく。
伴侶を喪い、嘆き悲しんでいるはずの想い人を、慰めに行こうとは思わないのだろうか。そう思いつつも、珠晶は黙して窓の外を眺める利広に問いかけることはできなかった。
やがて、利広はゆっくりと珠晶に視線を戻す。それから、不思議な笑みを向けて問うた。
「珠晶──君は、あのとき、慰めてほしかったのかい?」
「……余計なお世話だわ」
──頑丘。
古の記憶が蘇り、珠晶は思わず横を向く。そして、低い声で応えを返した。
必然の別離に、慰めなど必要ない。
そんな答えを予想していたように、利広はくすりと笑って続ける。
「そう、余計なお世話だよね、女王さま」
利広の意図を理解し、珠晶は深い溜息をつく。伴侶を喪って尚、かの女王は端然と座すのだろう。そして
──己の物思いに沈みこんでしまうような者に、天啓が降りるはずもない。紅の女王の真っ直ぐな翠の瞳を思い浮かべ、珠晶は問う。
「彼女は……どうすると思うの?」
「大丈夫、と言って笑うだろうね。
──桜の花のように」
言って利広はふわりと笑んだ。珠晶は少し目を見張る。答えを期待して訊いたわけではなかったのに。寧ろ、はぐらかすとばかり思ったのに。
珠晶は茶杯を置いて立ち上がり、ゆっくりと利広に歩み寄る。それから、榻に坐る利広に腕を回し、その肩に頭をつけて囁いた。
「身の程を弁えなさい。高望みは駄目よ。ずっと昔に忠告してあげたはずなのに……。莫迦なひとね」
「──珠晶」
意外そうな声を上げながら、利広は身を寄せる珠晶を抱きしめた。そして珠晶の背を軽く叩き、楽しげに笑う。
「花見にはまだ早い、と言ったはずだよ、珠晶。時機を待っている。
──私は気が長いんだ」
「相変わらず、不遜な男よね」
顔を上げて利広を睨めつけ、珠晶は笑う。利広のその想いが、いつかあの花に届くことを密かに願って。
2007.05.18.
後書き
2007/05/18(Fri) 06:12 No.200
このお話、書きかけのお話が沢山詰まっている「断片」というファイルの、100番目でした。
ブログに直接書いた御題もあるけれど、少なくとも100本のお話を書いたんだ〜と感慨に耽りました。
書き始めの日にちは3月22日。どうにもこうにも纏まらなくて、諦めて拍手に出したのです。
そうしたら、「続きが気になる!」とおっしゃってくださった方が……。
俄然やる気になり、するすると言葉が出てまいりました。
あんなに詰まっていたのが嘘のように。
Hさま、「萌え」をくださり、ありがとうございました。
──短いものに限って後書きが長いですね。どうぞお許しくださいませ。
2007.05.18. 速世未生 記
あらら 未生(管理人)
2007/05/19(Sat) 04:45 No.204
けろこさん、いらっしゃいませ〜。
あら? どうして動揺なさるのかしら?
頑珠、とか、珠→頑、まではいっていないかもしれませんよ。
どうして想い人を慰めに行かないのか、と疑問に思っているくらですから。
けれど、それこそ、続きを書いてみるまで解らなかったのですが、珠晶にとって頑丘は、
「特別」の存在ではあるようですね。
──最後の一言に、微妙な棘を感じるのは、私が後ろめたく思っているからだけでは
ないような気がいたします(笑)。
ご感想ありがとうございました〜。