「投稿作品集」 「07桜祭」

談笑する賢者の門 空さま

2007/04/03(tue)
 先日お知らせした「桜」SS、投稿いたします。
 場所は金波宮、時代は陽子さんの初勅からそうは経っておりませんが、限定しておりません。
 出演者は、陽子、虎嘯、桂桂、夕暉、鈴、景麒、桓たい、祥瓊、遠甫、浩瀚です。
 空の書くSSはすべて浩陽前提となっておりますが、わざわざ断らないとよくわからない程度の ものです。(よって、しっかりことわっときます。浩陽前提です。・・しつこい・・)
 「桜祭」なのに、最初に出てくる花は桜ではありません。あまのじゃくですみません。 でも、桜、きちんと出てきます。
 ではどうぞ。

談笑する賢者の門

空さま
2007/04/03(tue) No.61
 正寝から回廊を渡ってゆったりと足を運ぶ、一人の少女がいた。すぐ後ろから、体格のいい大男がついていく。二人の心は、うららかな春の日差しを浴びて、のんびりとしていた。
 ここは、十二国の中でも、もっとも東に位置する国。
 その名を慶東国という。
 慶東国の首都堯天。そこにある凌雲山。それは、えらく高い山であった。
 その山の頂付近に、景王の住まいがある。
 地上と、凌雲山の頂、言い換えれば景王の住む場所は、雲海という、不思議な空に浮かぶ海によって、分けられている。その、雲海は、通常超えることができない。地上から雲海の上へ登るには、凌雲山の中を通らなければならない。
 そんな風に隔てられているから、同じ場所でも気候がかなり違う。
 ただでさえ、高さが違うのだから、違って当たり前のような気もするが、蓬莱の「気候の違い」とは、その異なり方の質が違うのだ。
 すなわち、高度があるから気圧が低いとか、だから気温が低い、とか、そういった単純な物理的違いにはならないのだ。
 それは、「神の住む場所であるから」としか思えない、雲海の上は、穏やかで変化の少ない気候であったのだ。

 以上のように、雲海の上は常に穏やかな気候だが、今日はまた一段と春を思わせる空気であった。
 国としてはまだ貧しかったが、金波宮に使える庭師たちは、花の好きな現景王のために、力を尽くして整えていた。
「すごいね……」
 回廊を渡りながら、ある1本の木を見つけて、感嘆の声をあげたのは、赤王朝を開いた、慶国国主、中嶋陽子その人であった。
「おう、本当だ」
 応えた大男は、虎嘯という。この景王の大僕、彼女の護衛筆頭者だ。
「この木は3日前には、まだつぼみだったのに、一度に開くんだね」
 そう言って、陽子は歩いていた足を止め、その木を見入っていた。
 真っ白な鳥が、何百と止まっているように見える。
「虎嘯、この木の名前、知っている?」
「いや、俺はそういったことは苦手なんだ。夕暉ならわかるかもしれないがな」
 夕暉は虎嘯の弟。
 二人とも拓峰の乱の立役者といわれている。今は慶国、瑛州の少学に通っている、官吏志望の優秀な学生だ。
 その夕暉が、太師をたずねてきていた。
 景王である、陽子の太師をしているのは、賢者として誉れの高い、松柏。その名を遠甫という。固継の里家にいたのだが、拓峰の乱に巻き込まれ、それが縁で、陽子の教育係として今は金波宮にいる。
 夕暉は、遠甫とは、以前から面識があったのだが、拓峰の乱に陽子が加わっていたため、さらにその関係が深くなっている。今回は、少学で学んでいる内容について、わかりづらいところがあり、遠甫を頼って王宮の図書部で古書を閲覧しようと、彼は学校の休みを利用して、金波宮までやってきていたのだ。
 それを聞いた陽子は、久しぶりに顔を見たくなって、太師の官邸まで急いでいるところだ。

 朝議はことのほか短時間で終わり、午後の執務まではかなり時間があった。

太師からも、
「陽子さえ良ければ、たまには昼餉でも一緒にどうかの」
と、誘われていたのだ。

「虎嘯は、もう夕暉には会ったの?」
「おう、昨晩太師邸のほうへやってきたんだ。すこし背が伸びたな。兄貴である俺が言うのもなんだが、ちょっと大人になって、いい感じだぜ」
「そうか。なんだか会うのが楽しみだね」
そういいながら歩いているうちに、太師邸に着いた。

 控えめな門の内側から、陽気な談笑が聞こえてくる。

「虎嘯、今日は誰が呼ばれているんだ? なんだか、とてもたくさん人がいるみたいだけど」
「いや、俺は遠甫が誰を呼んだかなんて知らねえぞ。でもな、鈴が朝から気合いを入れて昼餉の用意をしていたぜ」
「ほんと! それは、ちょっと期待できるかなあ」
「腹が減ったか、陽子」
「うん」
 素直にうなずく陽子を見て、虎嘯は豪快に笑い出した。その声を聞きつけて、かわいい声がして門が開いた。
「虎嘯のおじさんでしょ? 中に入って下さい・・あ、陽子だ! お仕事はもういいの?」
「こんにちは、桂桂。元気だった?」
「うん、もちろんさ。夕暉のにいさんは、あそこだよ」
「ああ、では、昼餉をごちそうになろうかな」
「うん、いえ、はい! どうぞこちらへ」
 小首をかしげて中へと誘う仕草は、たいそうかわいいものであった。

 桂桂に先導され陽子が入っていくと、一人の少年とも青年とも言えない男が膝をついた。まだ幼い面影は残っているものの、ふっくらとしていた頬は締まり、涼やかな目が落ち着きを見せている。
「主上、本日はこのように主上との会食に参加できますことを大変幸せに存じます」
そういうと、深く跪礼していた。
「ああ、ずいぶんと大人になったようだね、息災か? 夕暉」
 名を呼ばれ、子供と大人の境目にいる若者は、顔を上げた。
「夕暉、立ってくれないか? 拓峰の乱のようにとは言わないけれど、なんだか他人行儀で、私のほうがどきどきしてしまうよ。ここでは、みな同じようにしてもらっているんだ」
「主上、それはほどほどになさった方がよろしいのでは?」
「夕暉もそう思うか? 景麒にもそういわれるんだけどね」
「僕、外に出たら、陽子のこと、ちゃんと主上って呼ぶんだよ!」
 二人が真面目な話をしていると、桂桂が割り込んできた。話の仲間入りがしたいのだろう。回りのものは微笑んでそんな様子を見ていた。
そのとき、
「はあい、用意ができましたよ」
という、鈴の明るい声が聞こえた。

 そこは、太師邸の建物の影になっていて、表からは見えない中庭であった。大きめの卓が外に出ており、簡易な椅子がたくさん並べられている。

 そして、その卓の上には、点心のような、片手で持っても食べられるようなものを中心に、昼餉にしては、かなりのご馳走が並んでいた。
 そのごちそうとは別のよい香りが鼻をつく。
 慶国名産のお茶のようだ。
「陽子、飲んでみて」
 鈴が白い陶器の湯飲みを差し出した。
「うん、ありがとう。鈴の入れてくれたお茶は、おいしいんだよね・・ あれ?」
 陽子は茶碗の中をじっと見つめた。
「どうかしましたか? 主上」
 桓たいも呼ばれていたらしい。
「あれ? 桓たいもいたんだ」
「『あれ?』はないでしょう。金波宮もだいぶ落ち着きましたから、左将軍としては、こうして、太師のお誘いにも答えられるというわけですよ」
「なるほどね」
 陽子は、納得していたが、実は桓たいは、この場の警護もかねていた。
「で、主上は何を驚かれているんですか?」
「うん、このお茶、花びらが入っている、ほら……」
 陽子は、桓たいに、白い湯飲みを持ったまま、その手を差し出して中をのぞけるようにして見せた。
「おや、本当ですね。おれは、うまい茶だと思ったが、中に何かが入っているとは思わなかったな」
「うそおっしゃい、桓たい」
 そう、上品だが険のある声色で、左将軍に声をかけたのは、陽子の女史を務める祥瓊である。彼女も昼餉の手伝いにかり出されているらしい。
「なんだと、俺は嘘なんかついていないぞ」
「またまた。さっきは『茶か〜さすがに昼から酒は出ないか〜』なんて言ってがっかりしていたくせに」
「そんなことを言ったかなぁ〜。でも、俺は茶がまずいとは一言も言ってないぞ」
 にやにや笑う桓たいに、祥瓊はふっとため息を漏らすと、
「皆様、どうぞ。鈴が腕をふるった献立なのよ。陽子、こっちへいらっしゃい」
 祥瓊に手を引かれて、陽子は居並ぶ男たちにすまなそうな顔をしながら、彼女にされるままになって卓の上座に着いていた。
「景麒はもうきていたんだね」
 すでに、陽子のすぐそばに席を取っていた景麒に向かって、陽子は微笑む。
「主上、今日は私もお誘いを受けました」
「ああ、老師(せんせい)は?」
「もういらっしゃるころかと・・あ、あちらでは」
 優美な仕草で景麒が右手を差し向けた先には、遠甫に伴ってこちらに入ってくる浩瀚の姿があった。
 浩瀚は陽子の姿を見ると、穏やかに拱手して、
「本日は主上との会席を許され、大変うれしゅうございます」
と、挨拶していた。
「ああ、私もうれしい。老師(せんせい)、今日はありがとうございます」
「おお、堅苦しいことはやめようかの。みなさまおそろいのようじゃな、陽子に音頭をとっていただこうかのう」
「え? わたし・・いただきますをすればいいのかな?」
 無邪気な陽子の笑顔に、遠甫は笑いながらうなずいていた。
「では、いただきます」
「いただきます」
 呼応するようにみんなの声が響くと、あとは楽しい会食となった。

 陽子は今日の主人であり自分の教育係でもある太師の遠甫に、先ほど回廊から見えた満開の白い花を尋ねていた。
「ほう、鳥がとまっているような花とのう」
「はい」
「白いこのくらいの縦長の花びらが、上に向かって開いている花のことかな?」
 遠甫は自分の手のひらと指でその大きさを示して見せた。
「ああ、そうです。その花びらが一つの花に5枚ぐらい付いていたような……」 
「葉は出ていなかったのじゃな?」
「はい」
「それは、白木蓮じゃろう」
「白木蓮……」
 陽子は、花の名前を聞いて先ほどの木を思い出していた。満開の白木蓮、とてもきれいだった。

「台輔、白木蓮が満開だそうじゃのう」
 思い出すことに夢中になってしまった陽子を微笑みながらそこに残し、そっと場所を変えた遠甫は、景麒に声をかけていた。
「はい、満開になったことを太師はよくご存知で」
「いや、たった今、陽子に花の名前を尋ねられたのじゃ。」
「そうでしたか。主上は、ことのほか草木や生き物などの自然のものがお好きなようです」
「そうじゃな、まさに白木蓮の花言葉のようじゃ」
「と、いいますと?」
 訝しげな顔をした景麒に向かって、遠甫は心配することはないですぞ、と応えながら、こういった。
「白木蓮は、その花びらの中に神を宿すという、『自然の美』とでもいうのかのう。それが花言葉じゃよ」
 軽く目を見開き、景麒は静かに微笑んだ。

 別の場所では、虎嘯の大声が響く
「鈴、おまえやっぱり夕暉の嫁になってくれねえかなあ」
「まあ、なんてこというの、ちょっと待ってよ虎嘯。何を突然そんな……」
 顔を赤らめて抗議する鈴に、祥瓊が口を挟む。
「あらら、鈴。そんなものいいはまずいのじゃないかしら? 昨日あんなに張り切って今日のお昼の買い物をしていたのは、どなた?」
「んもう、祥瓊。それは、今日は陽子が来るから!! まったく、祥瓊こそ、あなたの愛しい左将軍はどうなさったの?」
 今度は、祥瓊が顔を赤らめる番だった。
「何をおっしゃるのかしら? あれは桓たいの方が……」
「俺がなんだって?」
 耳に入っていることは確実なはずなのに、そんなことはおくびにも出さずに話に割り込んできた桓たいを、祥瓊が叱り飛ばした。

「あなたには何の関係もないのよ。出てこないで!」
 口をついて出てしまった言葉に、祥瓊は逆に動揺してしまった。
「祥瓊、それはひどいと思う」
 それまで黙って成り行きを見ていた夕暉も、鈴に加勢する。
 泣きそうに顔をゆがめた祥瓊に、桓たいはおどけてみせた。
「我麗しの女史殿はお困りのようだ。どうも俺が原因らしい。謝るので許してくれ」
 口を尖らしたままの祥瓊の肩を、桓たいは優しくぽんぽんとたたいていた。
「まったく……」
 さっきまでのゆがんだ表情は、その肩たたきで和らいでいた。苦笑して祥瓊は、桓たいのそばに腰を下ろす。
 忙しかった給仕もとりあえずは終わったらしい。
「おい、夕暉。おまえの歓迎会でもあるんだから、すこし少学の話でも聞かせろよ」
 虎嘯が、うまく話題を振りなおした。
「ああそうだね。じゃあ……」
 陽子はそんな楽しそうな戯言の応酬を、少しはなれたところから聞いていた。
 浩瀚は、陽子が一人でいるのを見て、お珍しいこともあるものだ、と思っていた。
 たいていは、祥瓊、鈴と陽子の3人は、一緒にいて、良く、たわいのない話をしていたからだ。親しいご友人との語らいは、政務の疲れをたいそう癒しているものだ、と浩瀚をはじめ、周りの者は考えていた。
 今日の陽子は、すこし感傷的になっていたらしい。
 白木蓮の見事な満開の花を見て、ここへ来てまた、鈴に入れてもらったお茶の中に、花びらが入っているのを見つけたからだ。
 それは、薄紅色をした桜の花びらだった。
 陽子は、蓬莱のことを思い出していたのだ。
 満開の桜、4月の強い風、入学式、母と手をつないで行った小学校。
 新しいランドセル、知らない友達、知らない先生、不安で仕方なかった自分。
 今日は夕暉が来ているせいか、余計に学校のことが思い出された。

 はらはらと花びらが舞い散る桜の木の下、入学式と書かれた大きな看板の前で写真を撮ったこと。
 すっかり忘れたと思っていたのに、今日は次から次へと、ビデオカメラの映像のように頭の中で再生ボタンが押されていたのだ。

 何かにとらわれておいでだ。
 浩瀚はそう感じていた。
 話しかけようかどうしようか、一瞬迷った。
 次の瞬間、浩瀚ではなく別の声が、陽子の思考をさえぎっていた。
「陽子、お茶をじーーっと見ているけど、どうしたの?」
 ぴくっと体を震わせて、陽子はかわいい声の方へ向き直る。
「ああ、桂桂か。このお茶に入っている花を見ていたんだ」
「さくらだね。このお花は堯天(まち)で手に入れてきたらしいけど、ここのお庭にも、咲いているよ!」
「え、ほんとう?」
「うん、ちょっとお屋敷の裏っ側になるんだけど・・いってみる?」
「ああ、もちろんだ」
 陽子はにっこり笑った。
「浩瀚様も、行く?」
 そばにいた浩瀚に、桂桂はやはり同じように声をかけていた。
 それでやっと、陽子は、浩瀚が自分のすぐそばにいたことに気が付いた。
「浩瀚・・ひょっとして、心配してくれたの?」
 彼は苦笑して、
「はい、申し訳ございません」
「そんな、おまえが謝ることなんて何もないよ。私が悪いんだ。ごめん……」
 蓬莱のことに思いをめぐらせていたのを、浩瀚は感じ取っていたのだと、陽子は悟った。
「行こう! こっちだよ、陽子。浩瀚様」
 桂桂は、左手で陽子の手を引っ張り、右手で浩瀚の官服の袖をつかんだ。
 浩瀚は、笑って桂桂に自分の左手を差し出した。出された手を、桂桂はうれしそうに握り返すと、二人をさらに庭の奥まった方へと案内した。

 そこは、太師邸の最奥、もう少しで凌雲山の断崖絶壁というところだった。
 人の背丈の5倍ほどの大きな木に、白色に近い薄紅の美しい花が満開に咲き誇っていた。蓬莱に良くあるソメイヨシノとはすこし異なり、小さな緑色の葉がたくさん出ていたが、5枚の花びらの先がすこし割れた、これはまさにさくらの花の木だった。
 陽子も、浩瀚も、美しい満開のさくらに見とれていた。
 そんな二人の様子を、桂桂は二人に手をつないでもらいながら、誇らしげに見ていた。
「陽子!」
 桂桂が元気に声をかける。次の瞬間、桂桂は二人の手を支えにして、ぶらんぶらんと足を上げてぶら下がった。
「おっとっと……」
 バランスを崩しかけた陽子だったが、すぐに立て直して、右手に力を入れ直す。そして明るく笑った。
「あはは、桂桂? 急にどうしたんだ」
 浩瀚は、微笑んで桂桂と陽子を見ている。手は、まだつないだままだ。
「僕はね、物心ついたときはもう、蘭玉姉さんだけしかいなかったんだ」
そういいながら桂桂は足を地面におろす。
 その、大人びた物言いに、陽子は、多少心の痛みを覚えながら聞いていた。
「だからね、父様も、母様も全然知らなかった」
「そっか」
 複雑な眼をして、陽子は肯く。
「だけど、今思ったんだ。こうして、陽子と浩瀚様とお二人に手をつないでもらっていると、なんだか、母様と父様って、こんな感じじゃなかったのかなあって」
 この言葉を聞いて、浩瀚は、はっとして陽子の顔に視線を走らせたが、陽子のほうは何も感じていないようだった。
「そうか! じゃあ、私が母上で、浩瀚が父上だね」
「うん!!」
 力強く幸せそうに返事をした桂桂に、陽子は明るく笑って見せた。
 満開のさくらは、まだ散り始めてはいないようだった。散るときはまた、美しいのであろうか。3人はしばし、大きなさくらの木を見上げて、その場にたたずんでいた。

 ややあって、浩瀚は桂桂の前に回り膝をついた。そうすると、桂桂から見れば浩瀚を見下ろすような格好になる。
「どうしたの? 浩瀚さま」
 桂桂は無邪気に尋ねた。
「蘭桂殿は、なぜ急にご両親のことを思い出されましたか?」
 浩瀚の丁寧な問いかけに、桂桂はかえって気を引き締めさせられたようだ。
「僕が、急によう……主上の腕にぶら下がったりしたから、お咎めを受けるのでしょうか?」
 幼い少年が急に大人びたようだ。陽子も、浩瀚の様子に首をかしげ、心配そうに二人を見守る。

「そうですね。先ほどのように、急にぶら下がったりしますと、私はともかく主上の腕にはご負担が思った以上にかかったかもしれません」
 浩瀚が真面目な顔で説明すると、桂桂はすこし顔を赤くして、
「主上、急に変なことをしてご負担をおかけいたしました。申し訳ございません」
そういって、陽子に向かって拱手した。
「ああ、わかった。今回は桜に免じて許す。でも、なぜ急にそんなことをしたのかは私も知りたいぞ」
 陽子はにっこり笑い、浩瀚のほうへも目配せした。
「実は、昨日、夕暉兄がこちらへ見えたとき、僕がお迎えしたんです」
 桂桂は話し始めた。
「夕暉兄は、虎嘯おじさんの弟さんだと知ってはいたんですけど、実際にお二人を見たのは、僕初めてだったんです」
そういいながら、桂桂はすこし下を向く。
「とても、仲良しのご兄弟だって、すぐにわかりました。それを見て、僕、蘭玉姉さんを思い出してしまって……」
 切ない風が、桜の花の下にいる3人に向かって吹いてきた。
「僕は、男だからそんなことで泣いたりしてはいけないのに、なんだか涙が止まらなくなってしまって、そうしたら、そんな僕の様子を夕暉兄に気付かれてしまったんです」
 陽子は、自分の心も切なくなって泣きたくなってしまった。ふと、浩瀚のほうを向くと、彼は心配そうに陽子の顔をうかがっていたようだ。ひざまずいたまま、陽子の目を見て微笑んだ。
「それで、夕暉兄さんが心配して、理由を聞いてくれました。僕は正直に兄さんにお話したんです。そうしたら、夕暉兄さんが、僕でよかったら兄さんになってあげるって」
 桂桂はそのとき輝くばかりの笑顔になった。それを見て陽子も浩瀚も頬を緩めた。
「だから、僕、夕暉兄さん、て呼ばせてもらっているんです」
「そうですか、よくわかりました。それで、ご両親のことも思い出してしまったのですか?」
「はい、浩瀚様。優しい主上に、甘えておりました。すみません、調子に乗りすぎちゃった」
 桂桂は子供らしくぺろっと舌を出すと、うつむいて頭をかいた。
「そうですね、あまり主上に……」
「浩瀚!」
 浩瀚は、桂桂の思いがあまり主上の負担になってはいけないと、たしなめようと思っていたのだ。しかし、それは陽子自身の声によってさえぎられた形になった。
「ふたりで、今だけ桂桂の父上と母上をやらないか?」
「はい?」
「さっきの、手つなぎだ。そうだな、皆のところまででいい。今だけ、どうだろう?」
 浩瀚は、困った顔をして見せた。
「私はともかく、主上は桂桂をぶら下げて歩くには少々背が足りないのでは?」
 本気とも冗談とも付かない浩瀚の物言いに、陽子は肩をすくめて笑った。
「まあ、そうなんだけどね。桂桂もだいぶ大きくなったからな。でも、こうして肘でしっかり支えて上に持ち上げればなんとか連れて行けると思うぞ」
 桂桂は、自分のことで二人が真剣に話している? のを見て目を丸くした。
 別に何かあったわけではない、ごく普通の日常の中で、自分がこんなにまわりの人に思われていたのかと、子供ながらに感じていた。
 浩瀚は立ち上がると、桂桂に向かって手を差し出した。
 それを見て陽子はにっこりと笑った。
「よし、桂桂。皆のところまで、浩瀚が父さまで私が母さまだ。」
「うん!」
 満面笑みで、桂桂は応え、両手をふたりにつないでもらい、
「えいっ!」
といって、ぶら下がった。
「くっ…… ようし、いくぞ浩瀚。」
 浩瀚は桂桂の手をしっかりと引き上げ、「母さま」というにはいささか元気のよすぎる陽子に苦笑しながら、
「はい。」
と、答えていた。


「おやあ!?」
 大きな声をあげたのは、虎嘯だった。
 裏の方から、桂桂が、陽子と浩瀚の間に入って両手をつないでもらい、足をぶらぶらさせてこちらへ向かってくるからだ。
 浩瀚は涼しい顔をしていたが、陽子は力をいれてがんばっていたようだ。みんなのところまで来て桂桂を下ろすと、
「はあ〜〜つかれた……。桂桂、大きくなったなあ」
そうしみじみつぶやいた。

「桂桂。大きくなったなら、幼子のように両手をつないでもらって足をぶらぶらさせたりすることは遠慮するんじゃないか?」
 桓たいが意地悪な質問をする。
 桂桂の方は邪気がない。
「皆様のところまで、ってお約束だったんだ」
「あら? 桂桂、お約束ってなにかしら」
 鈴に問われて、幸せそうな男の子は答えた。
「ここまで、父様と母様になってくれるって!」
 満面笑みの桂桂の言葉を聞いて、遠甫は大きな声で笑い出したが、他の者達はびくっとして思わず二人の顔を見た。
 陽子は桂桂と同じ、明るく笑っていた。浩瀚も静かに微笑んでいる。
 桓たいは、軽いため息をつき、浩瀚の瞳を確認しようと顔を動かす。
 桓たいの視線を感じて、浩瀚はそちらの方を向くと、自分の微笑を、わずかだがゆがませて見せた。
 本当だったらいいのに。桓たいの唇が動く。
 浩瀚がほんの少し、その首を縦に振ったような気がしたのは、桓たいだけ? だったのだろうか。


  穏やかな、午後のひとときであった。

終わり

あとがき 空さま

2007/04/03(tue)
 以上です。
 こちらでは、香るような末世と桜が多い中、何とも脳天気な内容で、申し訳ないです。
 このSSに出てくる桜は、その種類を限定していません。 ちょうど良い種類があったら、その桜にしようと思って調べたのですが、時期や咲き方など、 いまいちでしたので、架空の桜です。
 今日の真冬並みの嵐で、うちの方はソメイヨシノがいよいよ散りきってしまう様な感じです。
 今年も、参加できて幸せです。どうもありがとうございました。 お祭りのご盛況、お祈りいたします。
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