「投稿作品集」 「07桜祭」

花の記憶 明日香さま

2007/05/20(Sun)
 浩瀚大好きなもので、浩瀚はそこにいるだけで良いと言う感じでして、カップリング未満です。 陽子主上の満開の桜のような笑顔で、桜祭りを飾れたらと思います。

花の記憶

明日香さま
2007/05/20(Sun) No.215
あなたの思いは私たちの中にずっと残ります。
あなたがどう生きてきたのか。
あなたが何を思っていたのか。
あなたが何をしたかったのか。
私達はずっと見ていました。
それはいつも私達の記憶の中に・・・・・。

それはいつだったか、幼い日の夢の中の約束―――

* * *  1  * * *

「陽子、ジーンズはだめよ。お父さんが女の子がはくものではないって・・・。」
「わかったから、もういい。」
   みんなはいているのに、どうして陽子はだめなの?

そう、父に反対されて、せっかく買ったジーンズを母とお店に返しに行った。
そして私は公園の花の下で、一人で泣いた・・・。

* * *    * * *

今晩もまた――――水禺刀が光を発している。また幻を見せると言うのか・・・。

* * *    * * *

「陽子は、女の子だ。そこは短大もあって、受験せずに短大に進学できるし、お行儀も良く、定評がある。その女子高に進みなさい。」
父の一方的な声。
「そうよ、陽子。お父さんのおっしゃる通りになさい。あなたにとって、とても良いことよ。」
母の一方的な声。
「はい。」
本当は違うの、私には行きたい学校があるのよ!心で叫んでも、決して出ない声・・・。
私にだってしてみたいことはあるの――――!

そう、結局父の言いなりになって、その女子高に進むことになって・・・、
私は公園の花の下で、一人で泣いた・・・。

* * *    * * *

「主上・・・。主上!」
「えっ、あっ、景麒・・・。何?」
「何?ではございません。先ほどから、どうも心ここにあらずの状態でいらっしゃるようですが・・・。」
「あっ、すまない。」
「主上、先ほど浩瀚から知らせがございまして、夕暉の大学合格が決まったそうでございますよ。」
「えっ、本当!それはめでたいなあ。そうだ。虎嘯に休みをあげなくちゃ!普段休みをあげられないから、こういう時こそしっかり休みをとらせて入学式に行かせてあげないと・・・。本当は私も行きたいけれど、そうすると大事になるし、夕暉も困るだろうからなあ・・・。」
「当たり前でございます。主上がそうそう気軽に顔を出されては、まわりが迷惑致します。くれぐれもご自重くださいますよう・・・。」
「そんなこと、わかっているよ!」
景麒は、主の表情の変化から、自分の不甲斐無さを思う。-――ああ、やっとのぞかせた笑顔をまた曇らせてしまった・・・。何とかお心を晴らすことができないものか・・・。
「主上、何かお気にかかる事がおありになるようにお見受けいたしますが、私で宜しければお伺い致しますので、お話いただけませんか?」
陽子の様子が目に見えて沈みだして、もう2週間になる。もう、そろそろ限界だ。
「―― 気にかかる事なんて、何もない。今は、夕暉の大学合格のことで、とても嬉しい気分だよ。」
嬉しいはずなのに、なぜそんなに泣きそうな顔をしてお笑いになるのか・・・。
「ですが主上、ここのところ、あまり御政務に集中できていらっしゃらないのでは?このままでは政務が滞ってしまいます。」
陽子の顔が一気にこわばるのがわかる。また心無い言葉で主上を傷つけてしまった・・・。
「政務に集中できなかったのはすまなかった。だが、悩み事なんて無いよ。あるとしても政務の事だけだ・・・。」
「ですが主上・・・。」
「景麒、くどい!」
陽子に怒鳴りつけられ、その声のとげとげしさに、景麒は全身固まってしまう。
「ちょっと、春の心地良さにぼうっとしてしまっただけだ。何も心配するようなことはないから。怒鳴って悪かった。-―― 少し頭を冷やしてくる!付いて来るなよ!」
「主上!お待ちを・・・!」
あっという間に表に飛び出していってしまった主を、追う事もできず、景麒は後姿をただ見送るだけだった。

* * *  2  * * *

心配そうな顔を向ける景麒を正視していられずに、後ろめたさから、思わず怒鳴って飛び出してしまったが、ここのところの睡眠不足からか、体調が悪く、少し走っただけでも息が切れてしまう。
「まずいな〜!みんなに心配をかけてしまっている。本当にいつまでたっても私は不甲斐無い。」
ますます落ち込む気分に、追い討ちをかけるように、疲労が押し寄せ、歩みも遅くなってくる。
「疲れた〜!」
少し休もうと周りを見回すと、白っぽい花が咲いている。
「あっ!桜!」
そういえば、即位式の後、延王が桜の木を贈って下さったのに、景麒が、私が蓬莱を思い出すと嫌がったので、普段目にしない場所に植えさせたのだった。
「こんなところにあったんだ。すっかり忘れていたな。」
芝生の端に、崖の岩に沿って、5本の桜の木が植えられていた。
「随分大きくなったんだ。」
まだ並木というには小さいが、しっかり花をつけている。
本物の桜だ・・・。よく、公園の桜の下で泣いたなあ。
幼いころの記憶と重なり、知らず足が桜に向かう。
「もしかして、水禺刀の幻はお前達が見せたのか?」
そっと桜の幹に触れてみる。
「あっ!」
桜の幹に触れると同時に、視界が歪んだ。まるで桜に体の中の気を吸い取られるようだ。体から力が抜け、体が崩れ落ちていく。
「主上!」
影から使令が飛び出し、陽子の体を受け止める。
「班渠か。助かった。有難う。」
「すぐに台輔にお知らせを。」
「待って!班渠!すまないが、体を貸してくれないか?少し横になって休みたいんだ。少し休めば治るから・・・。」
「御意。」
地脈に消えようとする班渠を呼び止め、横に寝そべらせて体を預ける。
「私が参りましょう。」
陽子に憑依していた冗祐が気脈に消えていく。
「また景麒に心配をかけてしまうな・・・。」
「主上、少しお休みになられては・・・。私がお守りいたしますから・・・。」
「うん、班渠、そうするよ。頼む。それにしてもお前は暖かいなあ・・・。」
陽子は静かに眼を閉じた。

あなたの思いは私たちが受け止めると、あの日約束をしたでしょう。
あなたの思いは私たちの中にあります。
あなたが忘れても、私たちが記憶しています。
だから大丈夫、私たちが覚えていることを忘れないで。

1枚、1枚と、そよ風に満開の桜から花びらが舞い落ちる。
思い出してくれて有難う、とでもいうように―――。

* * *  3  * * *

ザッ、ザッと草を踏む足音が近づいてくる。随分と急いでいるようだ。走っているみたいだ。
陽子は自らの意識を夢の中から無理やり引き戻すように、重たいまぶたを開ける。
「主上!」
突然飛び込んできたのは、見知った人影だった。予想していた人物とは違っていたが――――。
「浩瀚?」
「主上、大丈夫でございますか?失礼を。」
浩瀚は、自分の上着を脱ぐと、包み込むように陽子に掛け、様子を調べる。
「ああ、浩瀚、有難う。大丈夫、班渠がいてくれたから、寒くなかったし、少し休んだからだいぶ落ち着いてきた。」
「それはようございました。指令から主上が倒れられたと聞き、皆とても心配致しておりますよ。
もうすぐ、瘍医も参りますから。失礼してお脈を。」
「浩瀚が迎えに来てくれるとは・・・。忙しいのに手間をかけさせてしまってすまない。」
「そんなことはお気になさらなくて宜しいのですよ。それにしても、また随分ご無理をなさいましたね。」
浩瀚の穏やかな笑顔に、なぜかとても安心して心が落ち着いていく。
「主上、何かございましたか?蓬莱のことでも思い出されていらっしゃいましたか?」
「すまない。浩瀚には何も隠し事はできないな。―――上を見てもらえる?!」
「桜でございますか?」
「うん。延王からいただいたものなのだけれど、この花を見ていると景麒がとても嫌がるんで、すっかり忘れていたんだ。こんな場所に植えられていることも知らなかった。何だか桜に呼ばれたような気がしてね。」
一息つきながら、陽子は続ける。
「この間、夕暉の大学受験の話が届いたでしょ。」
「はい。」
「その後からなんだけれど、水禺刀が蓬莱の幻を見せるようになったんだ。私の家は、父が厳しくて、父の言うことがすべてだったから、こちらに来る前、進路に悩んでいてね。父は、女の子はそこそこの学歴をつけて、良い人を見つけて結婚して、しっかり家庭を守ればよいと言う古い考えの人でね。そのまま短大に入れるようにって、短大のある女子高に入ったんだ。こちらにはない制度もあるから、浩瀚には分かりにくいかもしれないけれど・・・。それで私は父の言いなりにしたのだけれど、本当は4年制の共学の大学に行きたかったんだ。受験で、自分の力も試してみたかったし、名前のある大学に入って、大学生活をみんなのように楽しんでね。」
「蓬莱では、そんなに沢山大学があるのですか?」
「うん、ピンキリだけれど、色々な大学があるんだ。大学へ行く人も多いしね。大学で何を勉強するかで将来何になるかも変わってくるんだ。官僚になる人もいるけれど、こちらのように官吏になるための学校ではないから、色々選べるんだ。私は、心理学か栄養学をやりたくて、カウンセラーか栄養士になりたかったんだ。こちらにはない職業かもしれないね・・・。多分、あのまま向こうにいたら、自分の希望は言えずに、そのまま短大に行っていたと思う。でも、高校のクラスメートが大学に合格して、楽しそうにしているところとか、短大に行ったり、専門学校に行ったり、就職したり・・・、そんな姿をずっと見せられて、向こうで自分が本当は何をしたかったのか、改めてわかった気がしたんだ。こんなにも、まだ向こうに置いて来た物に未練があるのかと思ったら、自己嫌悪で・・・。水禺刀に毎晩幻を見せられてよく眠れないし、昼間は昼間で、自分の思いに囚われて・・・。こんなことではいけないと思うんだけれど、どうしても抜け出せなくて・・・。皆に心配を掛けた揚句に、体調まで悪くして、・・・。本当にすまない。」
「主上、お謝りにならなくて宜しいのですよ。それだけのものを、主上はあちらに置いて来られたのですから。ただ、おひとりでお悩みになられず、私も含め、みな、相談して欲しかったとは思いますが・・・。」
「そうだね。ただ、話すと、景麒が私が帰りたいと思っているのではないかとまた心配して、辛そうな顔をするのではないかと思って・・・。」
「確かに、台輔は主上をあちらからお連れした責任を感じていらっしゃいますからね。それでも、お話なさった方が、台輔も安心なされたのではありませんか?主上のお気持ちもわからなくはございませんが・・・。台輔は、ご自分でこちらにいらっしゃりたかったでしょうに、きっと蓬莱のことだからと、私に代わりに行ってほしいと頼みにいらしたのですよ。」
「そうだったんだ。景麒にも可哀想なことをしてしまったな。ここに来てね、桜を見て思ったんだ。向こうでは、桜は新しい門出を祝う花なんだ。だから、学校とかにはどこにも桜が植えられていてね。入学の頃には、どこも皆桜が咲いて、桜の花の下で入学式を迎えるんだ。社会人になる時もそうなんだ。大抵入社式が4月1日でね、桜の季節なんだ。そういえば、毎晩見せられた幻の後ろに、皆桜があったような気がするなあ。よく分からないけれど、ここに来たらね、ここの桜が呼んでいたのではないかと思って・・・。」
「そういえば、先日庭師が、延王にいただいた木が、今まではパラパラとしか咲かなかったのに、今年は沢山つぼみをつけて、見事に咲きそうだと言っていたように存じます。」
「そうか。小さいころ、夢の中で私の思いを預かってくれると桜と約束をしたことがあるんだ。ずっと私の思いを覚えていてくれるって。桜に触った時に、気を吸い取られるような感じがしてね。私の中の蓬莱への想いを持って行ってくれたのかもしれないなあ。私にとっても、自分が選んだ道にもう一度戻って再出発をする門出になったのかもしれないね。浩瀚に話したせいか、桜のせいかよくわからないけれど、何か久しぶりにすっきりした気がする。」
「それはようございました。もう大丈夫でございますね。」
「うん。本当に心配を掛けたね。すまなかった。―― ねえ、浩瀚。ひとつだけお願いがあるのだけれど・・・。」
「何でございましょうか?」
「うん。もう、私は大学生にはれないのは仕方がないのだけれど、やっぱり大学生活には憧れがあってね。大学がどんなところなのか、見せてもらえないだろうか。もちろん、景王の視察と言う形ではなくて、できれば聴講生と言う形で、ほんの2、3日でいいんだけど・・・。」
「よろしいですよ。すぐと言うわけには参りませんが、主上のたってのお願いでございますから、手配致しましょう。台輔も反対はなさらないでしょう。」
「本当にいいの?有難う、浩瀚。」
「その代わり、今日はゆっくりお休みくださいませ。ああ、ちょうど瘍医が参りましたね。」
この方は、本当に、何という笑顔をされる方なのか・・・。満開の桜のようですよ、主上。

あとがき 明日香さま

2007/05/20(Sun)
 長い拙作を最後までお読みくださった大変奇特な皆様、どうも有り難うございました。 桜祭り最終日に、このようなお目汚しをお許しください。
 後日談ですが、実は、陽子の話が終わるまで、 景麒と瘍医は少し離れて待っていたりして・・・。
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