「投稿作品集」 「07桜祭」

花衣 五緒さま

 着物雑誌の春号に載っていた記事をヒントに、書いた作品です。

花 衣

五緒さま

 うららかな陽気に包まれた金波宮、正寝の庭院。
時折吹く緩やかな風に、ひらりひらりと花弁を散す桜の木。その木の下で、陽子は咲誇る花を見上げていた。
その光景はまるで幻想的な趣の絵を見るようで、音を立てることさえ憚られ、声をかけるのをやめた。

 黙したまま半刻ほど眺めていただろうか。
 ふいに強い風が木々の間を吹き渡り、ざわざわと枝を揺らす。
風になびく髪を抑え、小さく悪態をつく陽子の視線がこちらに流れた。
どうやら俺のお楽しみの時間も終わりのようだ。
驚き、淡く朱を刷く顔(かんばせ)をこちらに向ける陽子に軽く手を上げ、桜の木の下へと歩み寄る。

 長いこと黙って眺めていたことを詰られたが、美しいものは密やかに愛でるものだ、と返せば、一瞬きょとりとし、ついで、俺の賛同を得られたとでも思ったのか、桜はやはり静かに愛でる方がいいですよね、と嬉しそうに微笑み、木陰の石案へと俺を誘(いざな)った。
 茶の準備をしている陽子に、今日は珍しくも襦裙を着ているのだな、と揶揄すれば、昨日お話した、お見せしたいものというのがこれでして、と襦裙を指し、やや歯切れの悪い口調で経緯を語り始めた。


 朝議の場で献上品についての報告があり、その中で珍しい技法を用いて染められた反物が納められたことが話題となった。
その技法は生の花びらから抽出した成分を使って布地を染めるというもので、慶国に流れ着いた海客が伝えたものだと言われている。

 紅花など古来から染料として利用されている一部の植物を除き、成分の抽出は不可能だと長いこといわれていたが、どうやらあちらではその技法が確立されていたらしい。
 過去にもその技法を用いて染めた反物が、王宮へ納められた記録はあるが、長い混乱の中、原料となる花びらの確保が困難となり、また、海客からその技法を受け継いだ者達も離散の憂き目にあい後継者もおらず、書物に僅かに記されるのみの幻の技法となった。
 だが、陽子の治世の元、国情が落ち着き民の心にも余裕がでたのか、途絶えてしまった技法を復活させた者がいたようだ。

 当初その反物は、目録を作り御庫へ収められる予定だったが、ある官吏の進言により襦裙へと仕立てられたそうだ。
いわく、その反物で仕立てた襦裙を陽子に着せ、それを俺に直に見せれば慶国の復興具合を示すことが出来るのではないか、ということだ。
 常ならば何かにつけて難癖をつける官吏がいるものだが、満場一致でその意見は諸官に受け入れられ、陽子は口をはさむことさえ適わなかったらしい。
 その時の官吏らの様子は、異様なまでに盛り上がり、思わずたじろぐほどだった、と陽子はこぼす。

 そして俺が金波宮へと来たために、陽子は襦裙を着る羽目になった、というわけだが、それでもなんとか逃れようと抵抗する陽子に、献上された反物は桜の花びらを用いて染められており、せっかく俺が花の時期に来たのだから、いま着らずにいつ着るのだ、と祥瓊を始め女官らに詰め寄られしぶしぶと袖を通したようだ。

 俺としては、陽子の艶やかな姿を見れれば、官吏の思惑などどうでも良いことだが、金波宮へ来る前に見た下界の様子を思い出し、なるほど、とひとりごちる。
 のびのびと枝を広げ立派な大木となった桜の木に、けぶるように咲く花。それがあちらこちらで見られるのだ。
 植物や樹木はその国の状態を測る目安となる。確かにこの国の復興は進んでいるのだ。


 陽子は俺の満足げな表情を見て取り安心したのか、緊張を解き、にこりと笑みをのせる。
先ほど庭院で受けた印象とはまた違う、年相応の陽子の笑顔。
 豊かに感情を表す陽子の違う顔が見たくて、俺はここを訪れるのかもしれない。
 
 せっかく結ばれた縁。このまま続くようにと身の内で願いながら、陽子へ一つ注文をだす。
 背筋を伸ばし再び緊張する陽子。
 生真面目に反応する様に、ふと笑みをもらし告げる。 


 花見に飲む旨い酒がほしい、と。

後書き 五緒さま

 桜の花びらを使って染められた布地を陽子が手にする。 これにどう肉付けするか迷い断片を書き散らした結果、このような話になりました。
 色々なものを詰め込みすぎて、すっきりしない文章になっていますが、一場面でも 情景を浮かべられる箇所があれば嬉しいです。
 「桜祭に間に合わなかった……」と呟いておられた 「雪待月庵」五緒さまにおねだりしていただきました〜。
 陽子主上、桜の襦裙がさぞお似合いのことでしょう。 尚隆と一緒ににやけてしまいました。
 アップが遅くなってしまって申し訳ないですが、その分堪能させていただきました。 五緒さん、素敵なお話をありがとうございました。

2007.06.15. 速世未生 記
背景画像 bluedaisyさま
「投稿作品集」 「07桜祭」