花冷え(由旬さま)
「投稿小説」 「08桜祭」 「玄関」 


今年初めまして 由旬さま

2008/04/05(Sat) 00:41 No.40

 こんばんは〜 「桜祭」開催おめでとうございます。
 僭越ですが、私も参加させていただきたく、文章を投稿いたします。
 先日けろこ様のログで「花冷え」を話題になさっていたのを読んで思いついた話です。




花  冷  え

作 ・ 由旬さま

 その声に陽子は聞き覚えがあった。
「お前、調子にのっているナァ」
 ざわめきの中、何かの聞き間違いかと思った。次に耳に届いたのは、きゃらきゃらという人を食ったような笑い声。
 陽子ははっとして背後を振り返った。
 そこには大勢の人々がいた。笑い声や話し声で大広間は賑わっていた。その中にその声の持ち主は見あたらない。
 空耳か――
 その日は、各国の賓客を迎え豪華絢爛な宴が催されていた。華やいだ雰囲気の中、人々は大いに盛り上がり、主催者として陽子は鼻が高かった。
 人々の自分を賛辞する声が聞こえてくる。
 ――景王は素晴らしい。景王のおかげで慶は復興した。景王は偉大だ。景王のおかげで大国と肩を並べるほどになった。景王は稀有の存在だ――
 褒詞は尽きない。陽子はそれに酔いしれて、心地よい気分になっていた。
「いい気になっていたら、後で泣きをみるんだゼェ。王とはそういうモンなのサ」
 きゃらきゃらきゃら……
 快い気分に水を差すように、再び耳に届いたその笑い声。遙か昔に封じたはずのその声の主。
 一体どこに潜んでいる。
 陽子は唇を噛んで周りを見渡した。やはりそれの気配はない。
 だが目を懲らして見ていると、人垣の間を縫うように、不思議な淡い光が漂っているのに気付いた。陽子にしか見えない光だった。陽子は迷わずそれを追う。
 淡い光は窓の外に広がる園林の中へと消えていった。陽子は辺りを伺って、誰にも気付かれないように、そっと外へ出た。
 ひんやりした空気が陽子を包み込む。春の空は冬の空へと逆戻りしたように、鈍い色をしていた。風に春の優しさはなく、吹きつけて来るたびに、身体が鞭で打たれるようであった。
 それでも陽子は光を追いかけた。光は誘うように、ゆらゆらと陽子の歩調に合わせ移動している。
 桜の花びらがひとひら、風に乗って頬を掠めて行った。その途端、淡い光の動きが止まった。
 ようやく光の正体を見た。
 古いしだれ桜の木。園林の一角に、昔の王が植えたという桜だった。
 かなり大きな木は、どの枝も地面近くまで重く垂れ下がっている。満開ならば、さぞかし壮麗であろう。だが枯れかけた桜の木に、花はほとんどついていない。枝の重さに耐えかねて、地面に倒れ込んでいるように見えた。その木の幹に淡い光があった。
 その淡い光の実体ははっきり見えないが、間違いない。
「蒼猿――」
 陽子は、口惜しげにその名を告げた。
「オレを思い出してくれたとは、ありがたいナァ」
「何をしにきた」
 陽子の声が響く。
「ご挨拶だナァ。お前のことを心配して出てきてやったんだゼェ」
「それはわざわざご足労だな」
「お前もずいぶん偉そうになったもんダ。良いのカィ? そんなに偉そうにしやがってヨォ!」
 淡い光が一瞬めらめらと燃え上がったように見えた。陽子が黙ったままでいると、蒼猿が舌打ちをした。
「ちぇ、お前を心配して誰かがやって来るゼェ。昔よりは味方も増えたようだがナァ。それだっていつ裏切られるかわからないゼェ。あの頃のようにナァ」
 それきり蒼猿の声は聞こえなくなり、淡い光も消えた。
 思い出したように、陽子は寒さに身震いした。
 風に当たり身体が冷えてしまったせいなのか。
 つい昨日まで暖かかったのに、やけに今日は冷えていた。
 桜の咲く頃に、こんなに寒くなることもあるのだ。春だと言って侮れないと陽子は思った。
 風に吹かれ、しだれ桜の枝がしなる音がする。まるで何かの咆哮のようだった。
 風が通り過ぎると、背後に気配を感じた。
「主上」
 陽子がいなくなったのに気付いて、景麒が後を追いかけてきたのだった。
「来てくれたのか」
 陽子はなぜか脱力するくらい安堵していた。景麒の胸に身体を預ける。
「……ありがとう、景麒」
 大きく息を吐いて、陽子は景麒の胸に顔を埋めた。
 景麒の腕のぬくもりが、冷え切った陽子の身体に伝わっていく。陽子は凍り付いた自分が溶けていくのを感じた。
「外は寒うございます。中へ戻りましょう」
 景麒に促され陽子は頷く。身体を半分景麒に預けたまま、陽子は歩き出した。
「こんなに寒いとは思わなかった。もう春だと思って上着も持っていなかった」
 陽子がぽつんと言う。
 景麒は無言のまま、陽子の肩に置いた自分の手に力を込めた。
 景麒は陽子の元へやってきた時、そこに何かがいた気配を感じていた。それが何だったのか、景麒にはおおよそわかっていた。
 水禺刀の鞘に宿るあやかし。予王も度々悩まされていたので知っている。鞘を失ってからそれは現れなくなっていたはずだった。それが何かの拍子で再び陽子の前に現れて、陽子の心を煽ったのであろう。だから、
「春だからと言って、油断しちゃだめなんだ」
 陽子はそう言うのだろう。何か大切なことを自分に言い聞かせるように、力強く。
「これからは上着をお忘れないように」
 景麒の言葉に陽子は大きく頷いた。
 二人はもたれ合うように歩き、再び宴の席に戻ってきた。
 華やいだ空気を吸った後、陽子は深く息を吐いた。




* * *  由旬さまの後書き  * * *
 決して景陽ではないのですが、景陽みたいになってしまいました(^^;)
 いつも書いてしまってから思うのですが、ありがちな話で既視感が漂っている気がします。
 しかも桜があんまり出てこない。話にまとまりもないし。
 いろいろおかしいところが。ほんと、このような文で申し訳ありません!
 花冷えの寒さだけでも伝われば〜、と思いました(汗)

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