故郷の桜(優凛さま)
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初めて投稿します。 優凛さま

2008/04/19(Sat) 03:05 No.120

 はじめまして、優凛と申します。
 桜祭り、素敵ですね。みなさまの作品や桜のお写真、とっても楽しく拝見しておりました。 そうしたら自分でも書いてみたくなり…。
 生まれて初めての投稿と相成りました。
 今は無茶苦茶緊張しています。
 どうぞよろしくお願いします。
 鈴が主人公というマイナーなお話になってしまいました。
 興味のない方は、どうかスルーして下さいね。




故 郷 の 桜

作 ・ 優凛さま
2008/04/19(Sat) 03:05 No.120

 それは、穏やかに晴れた春の朝だった。
 慶東国王である親友陽子の支度を終えて、朝議に送り出した後の時間。女御の鈴にとっては一息つける時間だった。
 陽子の房室を整えて退出し、一度太師邸に戻ろうと歩き始めた鈴の胸の内は、静かに沈んでいく。最近、どうという訳もなく気分が塞ぐ事が多い。
 これって何なのかしら。
 落ち込むような理由、何も思い当たらないのだけれど。
 けれど、何かが胸につかえたように、飲み込めない何かがあるのだ。確実に。それが、今のように空いた時間になると重さを増して、鈴の気力を奪い、意識と感情を切り離していく。世界が遠く、自分の存在が希薄に感じられる。
 おかしいわね。最近は慶の王朝も大分落ち着いてきて、私や祥瓊の負担はかなり軽くなったというのに。それが不満なのかしら、私ったら。
 実際、以前より自分の勉強に当てる時間が持てるようになり、遠甫に教えを請う機会も増えてきていた。それだけ陽子が頑張ってくれているという事なのだ。傍で見てきた鈴には、それが痛いほど感じられるというのに。どうしてこんなにも憂鬱なのだろう。

 遠甫に訊ねてみた事がある。
 何故、こんなにも心が重たく、気持ちが沈むのだろうか、と。
 遠甫は軽やかに笑って、それは己が胸に訊くしかなかろう、と答えた。人にも朝にも節目というものがある、百年も経てば自然と澱も溜まるものだが、目を逸らし過ごすか、見据えて進むかによって、先も変わってくるだろう、と。
 鈴が分からないという顔をしたのだろう。遠甫はふぉっふぉっと笑い、あたたかい眼差しで鈴を見つめた。
「まずは己を知り、これまでとは異なる行動をしてみては如何かな。何やら見えてくるやもしれぬぞ」


 突然、一際明るい回廊に出た。
 鈴は日差しを受けて、はっと顔を上げる。どこをどう辿ってきたのか、そこはこの季節になると陽子が度々足を止める場所だった。
 庭院の真ん中に一本の桜の木。その枝ぶりは見事なものだった。
 いつだったか、陽子が聞かせてくれた祖国の風景。鈴と二人、この場所に佇んで懐かしげに話してくれた。
「私の住んでいた家から学校までの道にね、桜並木があったんだ。春になると本当に綺麗だった……」
 陽子が遠い目で祖国の話するのを見たのは、後にも先にもその一度限りだった。
 煙るような淡紅色の花々が雲のように空を覆う様子は、陽子の姿と共に鈴の心にも焼き付いていた。涙が出そうになる程、美しい光景。
 しかし、それは自分の知っている故郷の桜ではない。鈴は目の前の桜を蓬莱と呼ばれる祖国とを結びつけて眺めたことはなかった。
 そう、これまでは。

 今、その桜の木は花の見頃を終えて、芽吹き始めた新緑の隣で咲ききった花は殆んど白色に近く、そよぐ風に乗ってはらはらと雪のように舞い落ちていた。
 ああ、そうか。
 鈴は思い至る。
 私の知っている桜は山の中にあった、あの山桜。春になると若葉と一緒に白い花を咲かせていた、あの桜。
 幼い頃から、薪を拾う山中で鈴を励ましてくれていた。どうして忘れていたのだろう。
 もう随分長い事、鈴は故郷を思い出さずにいた。今や鈴を知る人がいない故郷。遠い遠い記憶の彼方から蘇る風景に、眩暈を起しそうだった。
 今日まで、ただひたすらにこの世界で生きるためにだけ生きてきたのだ。翠微洞にいた頃に比べたら、今の自分は己の意思で己の人生を歩んでいると言い切れる。けれどもこの世界で生きるために足元を固めたいと、そればかりを思っている事には変わりないのではないか。
 山桜の風景は、遠い昔に失くしてしまった未来を思い起こさせた。陽子のいた時代は豊かだったというのだから、もしかしたら少しは貧しさから抜け出せていたのかもしれない。奉公の年季が明けたら誰かと結婚して子供に囲まれ暮らしていたかもしれない。
 鈴は、今の今までそんな想像をする事すら忘れていたのだ。


 鈴は庭院へと降りていた。花吹雪の中に佇み、手のひらに花びらを受けとめる。
 無性に泣きたいと思った。なんと遥か遠くまで来てしまっていたのか。しかし、実際には泣けなかった。その涙が一体何のために流す涙なのか分からなかったからだ。
 自分を憐れんで泣きたい訳じゃない。郷愁とも何処か違う。今、胸の内に渦巻くこの感情に名前をつける事が出来なかった。
 ただ一つ分かったのは、百年以上も生きていても己の事がさっぱりわからないという事だけ。
 そういえば。
 蓬莱にいた頃、里の爺やの事を遠甫みたいに何でも知っている偉い人だと思っていたけど、考えてみたら今の私よりも年が若かったのよね。何だか溜息が出るわ。
 鈴は一人苦笑する。もう笑うしかなかった。けれど、少しだけ胸のつかえが取れたような気もしていた。
 遠甫は「まず己を知る」と言っていた。憂鬱が晴れた訳ではないけれど、自分の事が全然分からないと知っただけでも上出来かもしれない。希薄に思えた自分自身の輪郭が色を濃くして現れたような気がする。

 今はまだ、何をすべきかは見えないけれど。
 私は進んで行きたい。この慶国で。皆と一緒に。

 もう一度だけ桜の木を振り仰ぎ、鈴はその庭院を後にした。




* * *  優凛さまの後書き  * * *
2008/04/19(Sat) 03:15 No.121

 お目汚しですみませんっ 
 とっても長生きな鈴の節目について色々考えていた時、桜というお題とピッタリはまって しまって出来たお話です。暗いですよね^^;
 なんとなく鈴ちゃんには幸せになってほしいなぁって思うんです…。 でも結局グルグルと訳が分からなくなってしまいました。 実際に書くのは、本当に本当に難しいですね。

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