桜塚 弐(griffonさま)
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桜塚 弐 griffonさま

2008/04/25(Fri) 00:05 No.174

 由旬さまの桜塚。とってもステキでしたので、その後を少し想像してみました。
 例によって妄想3h着工1hのヤッツケですが・・・。
 文字数にして2600文字程度の短いものです。

 先に謝っておきますね。ごめんなさい>由旬様
 桜祭りの酒の上の不埒と言うことでお許しくださいませ。




桜   塚   弐

作 ・ griffonさま

 元号が赤楽の世になってから数十年。漸く、豊かなと言う形容詞が慶東国にも付けられることが多くなってきていた。しかしその言葉も、隣国の巧に比べればと言う但し書きが入る事を否めなかった。幸福や豊かさと言うものには絶対値と言うものはなく、全てにおいて相対的なものであるという証しではないだろうか。この当時の国主景は登極当初と変わらず忙しく、精力的に政務をこなしていた。ただ、各府庁の記録を突き合わせてみると、政務の質・量共に登極当初の比では無いのだが、忙しさ自体は同程度に見えると言う事は、国主景の政務に対する習熟度が格段に上がっていることを示していた。

 また、登極当初から出奔することが多く、自ら乱を率いたりすることも何度かあったと言う噂もあるが、正史にその名が載っているのは俗に言う「拓峰の乱」のみだ。勿論舒栄の乱も自らが納めたのだが、それは登極前なのか登極後なのか、雁州国主延による助成が大きな要因であったこともあり、国主景によるものなのかなど、正史の記録を司る天官府の官吏達の中にあって、現在でも意見の分かれるところではあるようだ。

 天官府と言えば、元々何事も前例と慣習を重んじる天官と斬新で何事も神速を以ってする国主景は相容れないのでは、と言う噂は当時も現在も絶え無いのだが、登極当初の国史の記述とこの頃の記述を見比べれば、天官府の考え方も変わってきているのが見て取れる。劇的に急速に変貌を遂げる慶東国の中にあって、その速度を抑えているのは天官府であると揶揄されることは多い。だがその重石があるからこそ、慶東国が常世の理から外れずに居られるのだと言う言葉もある。その言葉を発したのは、誰を隠そう国主景その人であった。天官府の官吏達が耳にしたら、日頃の心労が一気に報われるであろうこの言葉は、有能だが人使いの荒……上手さでは常世壱との誉れ高い、冢宰によって密かに抑えられていた。自らを含めて、代替の利くものはとことん扱使うのが、怜悧な冢宰の常であった。

 話が少し横道に反れたが、登極当初から出奔率の高かった国主景ではあったが、その発生率が特に高くなる時期があった。それは四月。特に集中していた。



「延っ……風漢」
 征州の州都維竜にほど近いある廬から、門外へ出て暫く歩いた場所に、慶東国でも有名な夫婦桜があった。二本の桜が寄り添う様に立っているところから、その名が付いたのだが、一方は古木と言っても良いほど。もう一方はそちらに比べれば若いが、ちょうど赤楽と同じほどを過ごしているだろうか。古木はごく淡い、ほとんど白と言っても良い程の桜色の花を控えめに咲かせていて、もう一方の桜は、こんもりとした塚の上に立ち、桜にしては紅の強い華やかな八重の花を咲かせていた。白の古木を夫、真紅の桜を妻に見立てている事が多いようだ。昼間は近隣の民による花見の宴が賑やか行われていたのだが、さすがに門の閉まる時間ともなると人気が無くなっていた。

 その閑散とした静けさの中、古木の下で幹に手を当てて立っている者がいた。目立つ紅髪を頭から被った襤褸で覆い、陽子は少しごつごつとした幹を撫でていた。まったく気を抜いていたためか、それとも気配を消すことに長けた延王尚隆のためか、尚隆に肩を叩かれるまで、独りだと信じきっていた。

「誰も居らぬからな。どちらでも呼びやすい方で呼ぶがよい。俺としては、尚隆なおたかと呼び捨てにしてもらいたいところだが」
 なんなら、「なお様」でもよいぞと片目を瞑った尚隆は、陽子の右肩に腕を廻した。廻された手の甲を抓りながら、陽子は跳ね回っている心臓をどうにか抑えようと、大きく息を吸った。
「こんなところで何をなさっているのですか。また朱衡さんに天綱の書き取りでも言い渡されて、サボリに来たわけでは無いですよね」
「またとはなんだ、またとは。今月はまだ一度しか書いていないぞ」
 陽子は呆れたように大きく息を吐くと、廻された右腕を撃退することも諦めていた。尚隆はそれを見取って陽子を引き寄せ、身体を密着させた。
「それにな。この時期やたらと反省する、どこぞの王を慰めてやろうと思ってな」
「反省……ですか」
「であろう? ここは、おまえのたっての願いで、半獣兵達を埋めた塚だろう。二・三両は在ったかな。随分こんもりとした塚になったが。あの時の桜と共に新たな美しい桜もあって良い場所になっている」
「塚は確かに。でも桜は。里廬の方達が植えられたのでしょうか?」
「ん? なんだ覚えておらんのか」
 陽子は全く身に覚えが無いと言う貌だ。

 塚の上に立った、鮮やかな真紅の八重を咲かす桜は、陽子が植えたものだった。正確に言うならば、枯れたかにも見えた桜の木の根元に作った半獣兵の塚への手向けとして、挿してやった桜の枝。それが根付いたものだ。勿論その枝は、八重の桜の傍に控えめに立つ古木の枝だ。それが何故、このように華やかな真紅の、それも八重と成ったのかは、尚隆にも判らないところではあった。おそらくその枝であることは間違いなかった。何しろ毎年、尚隆はこの塚に参っていたのだから。
 この場所で陽子と逢うことは今まで無かったのだが、あの折の陽子の行動が、なにやら途轍もない痛みとして尚隆に降りかかっていた。五百年の驕りとでも言うべきものが、陽子の行動によって炙られ、その時それが痛みとして心に刺さっていた。この塚の桜を見に来ることは、尚隆にとって年に一度の戒めになっていたのだった。



「これだから若い王と言うものは、困る」
 尚隆は笑いを含んだ声で言った。そして、腰にぶら下げていた瓢箪をとると、軽く振って見せた。中には雁州国特産の火酒が入っているのだと説明した。そして、たまには付き合えと、陽子を脅す。仕方が無いと言うように、陽子は古木の根元に腰掛けると、尚隆の渡した瓢箪の栓を抜き、一口含んだ。強い酒精と、それに負けない芳醇な香りが喉の奥から鼻腔へと抜けた。仙たる身では余程のことが無い限り酔うことはない。だがそれでもこの火酒は、ある種の高揚感を与えてくれる。只人が呑んだらどうなるのだろうと陽子が思っていると、その手から瓢箪を取り上げて、尚隆が口をつけた。
「名君の唇の味がするな」
 顔を真っ赤にした陽子の背中を平手で叩きながら、尚隆は声を上げて笑った。その声に誘われるように、極淡い白の花弁と艶やかな濃い紅色の花弁が、舞い降りてきた。


 本当のことを話してやったところで、陽子はきっと半獣達の血を吸って立つところが、まさしく自分のようだとでも言うだろうから、尚隆は話さずにおくことに決めていた。

 ──本当のことを教えるからと言う約束で陽子を釣れば、来年からはここで旨い酒が呑めると言うもの
 尚隆は自分の発した一言一言に素直に反応し、表情をくるくると変えながら上目遣いで視線をくれる陽子を眺めながら、そんなことを思っていた。


― 了 ―



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