夜桜幻想(griffonさま)
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夜 桜 幻 想
作 ・ griffonさま
―― 泰麒。
稚
《
いとけな
》
い子よ。
あなたは今どうしているのかしら。
紅嘉祥の実を一緒に食べたあの懐かしい日は、再び来ることがあるかしら。
あなたは私のことを覚えているかしら。
あちらは今どんな季節なのかしら。
「廉麟。どうしたんです。こんな夜中に」
範西国の掌客殿。そのの園林にある、見あげるほどの大きな桜の木の下に、廉麟は佇んでいた。右手の手首から垂らしたのは、漣極国の宝重である呉剛環蛇。手首から垂れた先は、地面へと伸び、大きなとぐろを巻くようにしていた。
「主上。申し訳ありません。起こしてしまいましたね」
「いや。かまわないよ。それよりやはり、あの子の事が気にかかるんだね」
「はい」
漣から送られる農作物に関することで、王同士による最後の調印式のため、範西国に二人はやってきていた。本来なら、王と宰輔が揃って国外に出ることなど滅多に無い事なのだが。
戴極国の政情がどうやら劇的に不安定になり、泰王も泰麒身罷られたとか、行方不明になったとか。とにかく遠すぎて、噂すら届くのに事欠くような状態だ。時折何かの報せでもないかと、廉麟は黄海の主である玄君のもとを訪れるのだが、その玄君も言葉を濁すだけで要領を得ない。気を揉みすぎて体調を崩し気味の廉麟の気持ちが少しでも晴れることがあればと、鴨世卓は強引に範西国まで連れてきていたのだが。雨潦宮の鴨世卓と廉麟専用の四阿に二人で居る時ですら、廉麟は夜な々々呉剛環蛇を地面に垂らし、その奥を覗き込む。それを範西国の掌客殿の園林でも行っていた。地面に出来た呉剛環蛇の環から、不思議な色合いの光が天に向かって伸びていた。その光の先にある桜の枝から、まるで雨のように舞い落ちる花弁が、環の中に吸い込まれるようにして消えていく。
「あちらに桜はあるでしょうか」
廉麟は、僅かに溜息を漏らすと、鴨世卓に背中を見せたまま言った。
「どうだろう。こちらの植物なら色々知っていることもあるんですけどね。あちらのことまでは」
鴨世卓は、申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません。御心配ばかりおかけして」
廉麟にそっと近づいた鴨世卓は、両手を肩にかけた。
「いつも心配かけてばかりですから。たまには僕にも心配させてください」
鴨世卓は肩に掛けた手を廻して廉麟を抱きしめ、華奢なうなじに、そっと唇を落とす。
「主上」
耳元に口を寄せて、鴨世卓は呟いた。
「早く見つかると良いですね。あの子は、まるで僕達の子供の様に思えるんです。一緒に食べた紅嘉祥を、もう一度三人で食べたいものです」
「はい」
廻された鴨世卓の腕に左手を添えると、廉麟は袍の袖口を強く掴んだ。
そして、再び呉剛環蛇の光の奥を覗き込んだ。
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