花の宴@管理人作品第5弾
2009/03/30(Mon) 18:36 No.140
3/30に前橋と富山にて桜が開花いたしました。
少し速度を落としつつも桜前線は北上を続けているようですね。
皆さまがお住まいの地域は如何でしょうか?
さてさて、管理人は軽い小品を仕上げましたので、よろしければご覧くださいませ。
※ 管理人の作品は全て尚陽前提でございます。
- 登場人物 陽子・祥瓊・鈴・景麒・浩瀚
- 作品傾向 ほのぼの
- 文字数 1333文字
花の宴
2009/03/30(Mon) 18:41 No.141
寒風が吹きやむ。空が淡く霞む。そして、木々が花芽を膨らませる。冬が終わり、心浮き立つ春がやってくる。
宴の準備をしよう。春を寿ぎ、共に楽しむ宴を開こう。
陽子の提案に、友たちは楽しげに頷いた。
昨年は、庭院に植えられた桜の葉を、総出で摘み取って塩漬けにした。思い立って作ったものが存外に好評だったからだ。そのほとんどを隣国の主従に食べられてしまったので、陽子は準備を怠らなかった。
厨房に材料を揃えてもらい、陽子は祥瓊や鈴と顔を見合せて笑み崩れた。
「──実は、浩瀚に、楽しそうだって指摘されたんだ」
「まあ、さすが浩瀚さま」
「言わなかったでしょうね?」
「勿論だよ。驚かせなくちゃ楽しくないし」
「──口より手を動かしなさいよ」
三人寄れば何とやら。女王と側近の会話とは思えない賑やかさに厨房は彩られる。見張りを言いつけられた班渠は隠形しつつも小さな笑いを零した。
やがて、出来上がったものを眺め、陽子は満足そうに頷く。喧し屋の祥瓊に何度もやり直しを命ぜられただけに、綺麗に仕上がった。
「巧く出来たわね」
「美味しそうだわ」
「そっちもね」
三人は三様に互いの仕事を褒め称え、にっこりと笑みを交わす。それから、出来上がったものを宴席の大卓に移し、もう一度笑みを交わした。
祥瓊と鈴は宴を報せに席を外し、陽子はひとり茶の準備をする。見上げると、青い空と桜の木が目に入る。そして、温かな風が膨らんだ花芽を揺らしていた。
もうすぐ、桜が花開く。桜が咲いたら、愛しい伴侶が会いに来る。
陽子は唇を緩めた。けれど。
春の大嵐のような隣国の王が訪ねてくる前に、気が置けない臣たちと茶菓を楽しもう。昨年できなかったことを、今年こそ。
最初に姿を見せたのは景麒であった。景麒は茶を淹れる陽子と大卓の真ん中に置かれたものを交互に見比べて深い溜息をつく。
「主上……」
「今日は諫言はなしだぞ、景麒」
陽子が笑い含みに言うと、景麒は再び歎息する。それから尤もな質問をした。
「これはいったい何ですか?」
「桜餅だよ。私たちが作ったんだ」
「桜餅? ──食べられるのですか?」
「お前は本当に失礼な奴だな!」
「春らしいお菓子ですね」
疑わしそうに眉根を寄せる景麒に向かっ腹を立てた陽子は、涼しげな声に振り返る。にこやかに笑う冢宰浩瀚がそこにいた。陽子はにっこりと笑って応えを返した。
「そうだろう。ほら見ろ、景麒」
「おや、二種類あるようですね」
「よく気づいたな、浩瀚」
陽子は破顔した。そう、昨年は六太と桜餅論争を繰り広げた。陽子が慣れ親しんだ桜餅は、うっすら桜色の生地で餡をくるみ、塩漬けの桜葉で包んだもの。六太はそれを「長命寺」と呼び、己が持ってきたものを桜餅と言った。それは、ほんのり桜色をした米粒が残った饅頭を、塩漬けの桜葉で包んだもの。陽子が「道明寺」と呼んでいたものだった。
「こっちが道明寺で、向こうが長命寺。どちらも桜餅だ」
「ほんとうに春に相応しいお菓子ですね」
「うん、春嵐が来る前に、ゆっくりと味わってくれ」
陽子はそう言って片目を閉じる。浩瀚は軽く吹き出し、なるほど、と笑んだ。景麒は仏頂面で微かに頷いた。
それから側近たちが次々に現れた。麗らかな春の陽射しの中、ささやかな花の宴が始まる。桜の蕾も、笑いさざめくように揺れていた。
2009.03.30.
後書き
2009/03/30(Mon) 18:49 No.142
何気に昨年書いた「春の茶会の小さな嵐」及び「茶会の後の小さな波乱」の続編
かもしれません。
そして、「春匂う」にてにやけていた陽子主上、こんなことを考えていたのでした(笑)。
ちょっと末声を離れ、楽しんで書きました。
皆さまにも楽しんでいただけたなら嬉しいです。お粗末でございました。
2009.03.30. 速世未生 記