春 到 来
作 ・ 壱草 楓 さま
2009/03/19(Thu) 09:39 No.42
「ああ、本当だ」
陽子は口元に笑みを浮かべると、花のほころんだ枝先にそっと手を伸ばした。
その時、吹き抜けたそよ風がそのうす紅の花弁をわずかに揺らし、のばした指先を心地よくくすぐる。
桜にほおずりされたようなその感覚に、陽子の笑みは一層深まった。
「お花見の準備をしなくっちゃね」
陽子が振り返ると、傍に控えていた浩瀚がゆったりと笑う。
「見頃は、いつ頃かな?」
問えば「この陽気ですと、来週の中頃でしょうね」とすかさず答えが返ってきて、陽子は思わず声をあげて笑った。
「浩瀚はすっかり桜博士だな」
その柔らかな笑い声に、浩瀚もまた笑う。
「主上にお喜び頂くためには、私はどんな努力も惜しまぬ男ですよ?」
「お前の冗談も春の風物詩だな」
「主上のその朗らかな笑声は、春の到来を告げるものでございますね」
しれっと返された答えに、陽子はさらに笑った。
―――ああ、春が来た。
浩瀚はその笑顔にそっと双眸を細めると、いつまでもまぶしく見つめた。