桜祭の開催ありがとうございます 七面鳥さま
2009/03/22(Sun) 19:00 No.87
管理人さま、そして祭参加の皆様、こちらでは「初めまして」になります。
七面鳥と申します。
毎年この時期になると「桜祭、楽しそう」と思いながら、これまで参加が叶いませんでした。
今回ようやく参加できて嬉しいです。よろしくお願いいたします。
陽子の即位からまだ数年、カップリングも何もナシのそっけないショート・ショート・ショート
です。
(話の展開の都合により「金波宮には桜は無い」ことになってます。)
絶えて桜のなかりせば
作 ・ 七面鳥さま
2009/03/22(Sun) 19:00 No.87
ひょんなことから陽子は、こちらの世界にも桜があることを知った。
春の到来を告げる梅。
邪気を払うと言われる桃。
けれど園林のどこにも桜は見あたらなかった。
花器に飾られた桜を見ることもなかったから、こちらには桜はないのだと漠然と思っていた。
「雁の大学にそれらしい木がある」
そう聞いて陽子はいても立ってもいられない気分になった。
けれど、どう言い出せばいいのだろう。
雁は遠いし、政務はいつだって山積みだ。
本当に桜なのか、似ている他の木ではないのか。
よしんばそれが桜だったとしても……。
見に行きたいなどと言えば、当然のように尋ねられるだろう。
桜を見てどうするのか。
なぜ桜なのか。
問われても、ただ、見に行きたいのだとしか答えられない。
明確に言葉にすることはできない。
蓬莱を懐かしんでいるのか、と訊かれるのが怖い。
そうだ、と認めてしまうには、陽子にはまだ時間が必要だった。
*
「雁には桜があるんですか?」
ぽろりと零した言葉から、陽子の想いを酌んでくれたのが延王と延麒だ。
翌年の春、適当な理由をつけて玄英宮に招かれた。
ついでに大学に寄って楽俊に会ってこいと勧められ、何の不審も抱かずに行ってみれば、そこに「それ」が立っていた。
ちょうど満開の桜の木。
陽子は瞠目し、言葉もなくいつまでも立ちつくしていた。
*
今年もまた同じ時期に陽子は玄英宮に招かれている。
そして……、
『その日』はいきなりやってきた。
「陽子、ごめんっ!」
息せき切ってやってきた延麒は、陽子の姿を見るなり、拝むように両手を顔の前であわせる。
「もしかして?」
「うん、ごめん。もう咲きだしてる、どころじゃない。なんかいつもよりあったかい日が続いたなあと思ったら、あっという間に5分咲き、8分咲きって進んで」
「じゃあ、今頃は」
「もう満開になってるかも」
延麒はひたすら、ごめん、と繰り返す。
「それでさ、予定を早めることはできないかな」
そのためにわざわざ一日かけて飛んできてくれたのだ。延麒は。
雁からの正式な招待だから。
書簡のやりとりをする余裕がないから。
雁に行く予定は十日後。
十日。
多分、桜はもたない。
「ありがとう。でも……行けません」
行きたい。でも、行くとは言えない。
予定にあわせて日程を調整してきた。
前倒しにした行事、急がせた書類、朝議の予定……
そして何より、桜を見に行くのだと言えないでいるのだから。
「どうしても駄目そう?」
「せっかく来てくれたのに、すみません。延王にもお心遣いありがとうございますと、伝えてください。予定どおり十日後にお伺いいたします、と」
*
思い出す。
満開の桜の木。
春の柔らかな青空を背景に、数え切れないほどの淡紅色――ではない、あれは桜色。
桜の色。
微かな風にも花びらは舞い散る。
散る。
――散る。
止めようもなく降りしきる。
目に見えぬ風の流れを見せつけられ、
目に見えぬ季節の移ろいを思い知らされる。
『見に行きたい』ではない。
また、あの桜に会いに行きたい。
一年に一度、この季節にしか出会えない、あの光景に。
はらはらと、ひらひらと、花びらが舞う。
桜の木が呼んでいる。
それでも……。
――待っていて。
待っていて。来年はきっと、会いに行くから。
(終)