花 見 の 供
作 ・ ネムさま
2010/04/20(Tue) 22:10 No.578
軒先に連なる堤燈に、次々と灯が点される。
浮かび上がる緑の柱に赤い屋根、その合間を早くも女の嬌声や物売りの声が飛び交う。しかし道行く人々は未だそぞろ歩きに、春の宵の風情を楽しんでいる。
やや通りの外れ、一人の男がやはり行き先定めぬ様で歩いている。肥えた体に絹の着物、時折柱近くに立つ女達を見定める好色な目は、遊び慣れた金持ちが、はぐれた連れを探すか、遊ぶか決めかねているといったところか。
「桜(はな)を愛でるには好い晩ですね」
不意に掛けられた声の方へ目を向けると、どこかの店が据えたらしい大甕に、見事な桜が活けられている。花の陰に半ば顔を隠した男がまた言う。
「しかし供がいないのは、お寂しいでしょう」
金持ち風の男はにやりと笑うと、慣れた口調で問う。
「どんなのだ」
「そう − 桜色というのは、あのような肌を申すのでしょう」
花陰の男はそっと桜の花弁に触れる。
「くぼみの影は銀に照り、更にその下は透き通るような白 −」
早くも生唾を飲み込んだ金持ち風の男は、それでも余裕有り気に言い放つ。
「見掛けだけなら、どうとでも繕え −」
「軽く歯を立てれば、柔らかに跳ね返る」
静かに、しかし畳み掛けるように花陰の男は続ける。
「舌に転がせばしっとりと吸いつき、微かな甘い匂いが鼻孔をかすめ −」
「買った!」
今や期待を体中に漲らせ、金持ち風の男は迫った。
「すぐに連れて行け」
僅かに首を縦に振ると、花陰にいた男は脇の小路の闇に身を滑りこませ手招いた。
* * * * * * * * *
「桜鯛鮨詐欺?何だ、それは」
陽子の問いに祥瓊は肩をすくめた。
「官府に出入りしている商人が、こっそり秋官に訴えてきたらしいんだけど…
早い話、スケベ親父に女を紹介するようなことを言って誘い込んだ挙句、大量の桜鯛の鮨弁当を法外な値段で売り付けるんですって」
「…… 確かに今年は鯛が豊漁で、しかもこちらでは鯛を食べない地方もあるから業者が困っている、という話を聞いたことはあるが…。で、秋官は訴えを受けたのか?」
「う〜ん、それがねぇ…誘い文句を聞くと、主語が抜けているけれど、内容自体は桜鯛鮨を示していると言えるそうなの。
本人も買ったと言ったそうだし、連れて行かれた場所に屈強な男達が控えていたというだけじゃ、犯罪とは決め付けられないのよ。
そもそも誘われた時点で強要されたのではなく、本人が自ら進んで行ったんだから、仕方ないわね」
そして“男ってしょうがないわ”という祥瓊の呟きに続き、鈴が尋ねた。
「でも何で桜鯛の説明を、女の人と間違えたのかしら?」
その問いに陽子も祥瓊も考え込んだが、やがて陽子が
「まぁ、食欲と○欲は生物が存続する為に必要だと言われているから、きっと感じるところが似ているんだろう」
と、まとめてみる(最も常世では木に子供が生るから○欲って必要ないんじゃない、とも思ったが、阿呆らしくなり考えるのを止めた)。
何やら納得したらしく、鈴も話を変えてきた。
「桜鯛鮨って、甘酢の鮨飯に薄紅の鯛のお刺身が乗っているんでしょ。きれいだし美味しそうよね。今の季節、桜の下でお花見しながら食べてみたいわ」
それに頷きながらも祥瓊は苦笑した。
「でも、この詐欺には他にも引っ掛った人が結構いるらしく、堯天では密かに噂になっていたんですって。だから桜鯛鮨を家に持って帰ったら、どこで何をしようとしていたか ばれるかもしれないじゃない」
「成る程。家の者が噂を聞いていたら、一騒動起きるから、うっかり買って帰れないわけだ」
受けて陽子が笑った、その時。
扉が勢いよく開き、桂桂が飛び込んできた。
「陽子、○○が桜鯛のお鮨をいっぱい持ってきたよ。皆で食べよう!」
おしまい