ファースト☆キス
作 ・ リコさま
2010/05/09(Sun) 21:57 No.776
ズキズキッ 痛っ(>_<)
慶東国金波宮に訪れる何気ないいつもと同じ朝。光りに満ちた戸外から眩しそうに目をそらせ景王陽子はこめかみを押さえた。
昨夜は客人を招いての観桜会を非公式に行った。
まだ寒い早春に花びらを守るように固く身を閉ざす蕾は愛おしい。
この世の春を謳歌するように咲き誇る満開の桜も美しい。
だが、散りゆく桜の花びらはセンチメンタルな気分になり苦手だった。
あの春、お父さんやお母さんと見た桜、通学路の桜並木、友達と夢をふくらませ見上げた桜、あの人の隣で胸をときめかせ見た桜
様々な思い出が花びらとなり心に降り注ぎ一人で見るのは寂しかった。
ならば、お世話になった人々を招いて皆で楽しめば景王陽子でいられる。日本での思い出は切なくても自分は今、ここで生きていることを実感できるのだから。
陽子の思惑はあたり、昨夜はたくさんの客人を招き、思い出に浸る暇もなく忙しかった。朝は早くに起き台所に入りお客様へ出す桜餅の作り方をチェックしたりお酒を確認したりした。どのお酒にもピンクの可愛い花びらを浮かべ、桜づくしで楽しんでもらう趣向だ。
思えば観桜会が始まる頃は張り切りすぎた反動で気疲れと準備の疲労が蓄積していた。が、今日はホストとして場を盛り上げなければならない。客人から絶えず注がれるグラスを鷹揚に微笑んで傾け宴が最高潮になった頃の記憶はほぼなかった。どれだけ飲んで、どう自分の部屋に戻ったのかも覚えていない。
あれ? 何か…… ちょっと、おかしいような(・・?)
衣裳は昨夜着ていたままだった。どうやら着替えもせずそのまま眠ってしまったらしい。衣裳にピンクの花びらが残っている。
愛らしい花びらを手にとり、何気なく唇にあてた瞬間、陽子の頭の中に昨夜のシーンが鮮やかに蘇った。
あれは夢じゃない。だって、だって…… 唇に感触が残っている。
陽子は慌てて鈴と祥瓊を呼んだ。
「主上、おはようございます。夕べは飲み過ぎたようで大丈夫にございますか」
丁寧に声をかけた鈴の言葉を遮るように、襲ってくる頭痛に耐えようとこめかみを押さえながら陽子は話しかけた。今は頭が痛いとか、二日酔いとかは小さな問題だった。
「大変なの。私、昨日口づけされた。この桜の花びらよりあなたの唇は可憐だって……」
えーーーw(゜o゜)w
二人はタイミングをはかったように一緒に驚きの声をあげた。
「相手は誰なの?」
「相手は……」
二人はゴクリと唾を飲み込む。今、畏れ多くも景王の唇を盗んだ不埒な犯人の名前が明らかにされる。
「相手は……」
陽子は心配よりも好奇心満タンに目を輝かせる二人に困惑しながらそっと言った。
「相手はわからない……」
「何ですって?(`_´メ)」
「大声を出さないでくれ。私は頭が痛い」
「それどころじゃないでしょ」
二人の剣幕に陽子は首をすくめまたこめかみを押さえた。
「どういうことか説明してちょうだい」
これから王への仁義なき尋問が始まる…… 二人の語気の強さにたじろぎ陽子はオドオド答えた。
「だって、何も覚えてないの。朝起きてこの花びらを見たら思い出した」
鈴と祥瓊は昨夜のことを思いだそうと目を細め虚空を見つめている。
「昨日、陽子は突然に泣き出したのは覚えている? 桜はもの悲しいって」
……そ、そんなこと初耳
「楽俊に外の空気にあたりたいから連れて行けって駄々をこねたのよ」
「そうそう。しばらく帰ってこないので心配した延王が様子を見にいったの。入れ替わりに楽俊が帰ってきて陽子にひどく怒られたって言ってた」
「何をやって怒らせたの?って聞いても答えなかった」
「もしかしたら…… 陽子に口づけして怒られたとか?」
…… 楽俊? そう言われれば楽俊と話したのは記憶にある。
「でも、そのあとまだ延王と陽子が帰ってこないので景麒が心配して見にいったのよ。景麒はひどく不愉快な顔で戻ってきて王はうたた寝をなさっているからそっとしておく、と席をたってしまったのよね」
…… 景麒は何故そんなに不愉快だったのだろう。もしかしたらその時延王と??
「あの延王なら桜よりあなたの唇が可憐、とか言って口づけしそうだわ」
「本当よね。あり得る、あり得る。それにその後戻ってきた陽子は今度はやけに上機嫌で蓬莱で流行っていた歌を歌っていたわ」
…… そんな。人前で歌うなんて何たる不覚(;_;)
「そうそう、その次は面白いものを見せてあげる、って冢宰の手を引っ張ってどこかへ行っちゃったのよ。しばらく時間がたって冢宰が虎嘯を呼びにきたの。主上は寝入ってしまわれたので部屋にお連れするようにって」
「でも、まさかあの生真面目な冢宰がそんなことをするとは思えないんだけど」
…… そうよね。あの浩瀚が口説いて口づけをする姿は想像できない。
「私が虎嘯に呼ばれてここへきたら陽子は私にすがって子供のようにおいおい泣いていたのよ。それは覚えている?」
陽子の顔をのぞき込んだ祥瓊は大げさに両手を広げ頭を抱えた。
「私はどうすれば良いんだ……」
「知らんふりをするしかないわ」
「そんなこと恥ずかしくてできない」
「だって覚えてないんでしょ? まさか私と口づけしたのはあなたですか?って聞いてまわるの?」
「そんな……」
「桜の悪戯と思って忘れるのよ。あまり強くないのに飲み過ぎた陽子が悪いんだから」
「私のファーストキスだったのに」
「何それ?」
「初めて口づけした人と結ばれると幸せになれるの。それが誰か覚えてないなんて、最低……」
「良いじゃないの。もし、陽子が誰かを好きになった時、今の話の中の人だったら聞いてみたら。観桜会の時私に口づけた?って」
「そうね。何年か越しに陽子の言うファーストキス、の相手がわかるなんて素敵じゃない」
「きっと陽子は昨日口づけした人と結ばれるわ」
「陽子の心を射止めるのは誰かしらね〜」
「やだ、陽子ってば涙ぐんでどうしたの? 蓬莱ではそんなに初めての口づけが重要なの?」
(^^)ー☆
陽子は涙のたまった目を向け泣き笑いしながらうなづいた。
…… 違う。涙が出たのは嬉しかったから。鈴と祥瓊がいてくれたらもう来年は桜吹雪を見ても寂しくないだろう。今までとは違う知らない世界にきて王としての責務を果たさなければならないことを負担に思っていた。でも、私には支えてくれる仲間がいるんだ。ちゃんと友達がいるんだ。日本の桜を懐かしく思うことはあっても、寂しくはない。ありがとう、鈴。ありがとう、祥瓊。
1年後。
「やっぱり私たちが思ったとおり、あの方が陽子のファーストキスの相手だったのね。あれから陽子は変わった」
…… 私が変われたのはあなた達二人がいてくれたから。日本でも得ることができなかった心から信頼できる友に出会い、落ち着いたからあの方とのことも始まった。
陽子、王になって4年目。友と恋人を得て治世は安定し王として、女性として、一人の人間として輝いていた。
輝きを与えたのはあの日のひとひらの桜の花びらかもしれない。
あとがき リコさま
変な創作で申し訳ありません。
最近歴史創作を書いているのですが煮詰まってうまく書けなくて……
久しぶりにとーっても楽しく文章を書けたのが嬉しいです。
これも祭りのおかげです。
今年もどうにか参加させて頂くことができこれも嬉しいです。