「桜に寄せて」@管理人作品第7弾
2011/05/03(Tue) 07:04 No.788
6時の気温は6℃。
北の国南端では開花宣言が出ましたが、なかなか桜に届かなそうな気温でございます。
そんな中、管理人は6時の気温がまだ氷点下な地元へと旅立ちます。
留守ばかりで申し訳もございません〜。
今回は2泊3日、レスは6日朝になると思います。
そんなわけで、小品をひとつ置いてまいります。
よろしければお楽しみくださいませ。今回は鈴を書いてみました。
※ 管理人の作品は全て尚陽前提でございます。
- 登場人物 鈴・陽子
- 作品傾向 シリアス・ほのぼの(虎鈴未満)
- 文字数 1390文字
桜に寄せて
2011/05/03(Tue) 07:08 No.789
金波宮を吹き抜ける風はいつの間にか柔らかくなっていた。見上げる空は淡く霞む春の青。庭院には緑が萌え出し、そして。
窓辺に佇む陽子は微笑を浮かべ、ほころぶ時を間近に控えた薄紅の蕾を見つめていた。仕事に追われ、張りつめた空気を纏う女王はそこにはいない。陽子は陽子のまま、嬉しげに春の使者とも言える桜を眺めているのだ。
鈴もまた桜の若木に目を移した。房になり、寄り添って目覚めの時を待つ淡い紅の蕾たち。愛らしい、と思いつつも切ない気持ちが胸を突き上げるのは何故だろう。鈴は目を伏せる。
望郷──。
きっと、それは、そんな名が付いているものなのだろう。こちらに流されて、もう幾年過ぎたかも分からなくなった。頼もしい仲間とともに生まれて間もない王朝を支える忙しくも充実した日々。それでも、ときどき鈴を捉える切ない想い。それが、望郷であった。
故郷を偲ばせるこの花を見ると、胸がいっぱいになる。懐かしさに、知らず涙が零れそうになる。鈴は慌てて瞬きを繰り返した。
陽子は、胎果の女王は、どんな想いで桜を見つめているのだろう。鈴は陽子の涙を見たことがない。そもそも武断の女王が泣いている姿など想像したこともない。けれ
ど──。
不意に陽子が振り返る。翠の瞳を見張り、それから楽しげな笑みを浮かべ、陽子は口を開いた。
「鈴!」
名を呼ばれ、鈴は陽子に笑みを返す。鈴、と本名を呼んでもらえる幸せを噛みしめながら。そして思い出す。海客が蓬莱から持って来られるのは名と身だけ。胎果においては、我が身すらも持っては来られないのだということを。
紅の髪と翠の瞳。蓬莱では有り得ない、その色。陽子がいくら己を中島陽子だと主張しても、その姿が言葉を裏切ってしまう。こちらでは、陽子は紛れもなく景王、赤子なの
だ──。
「──鈴?」
名を呼びながら歩み寄った陽子は鈴に手を伸ばした。頬に触れるその手が、優しく零れた涙を拭う。鈴は、自分が泣いていることに初めて気づいた。顔を上げると、陽子は鈴をただ温かな眼で見つめている。淡く笑う陽子は、静がな声で鈴に問うた。
「蓬莱が、恋しくなった?」
「陽子は、違うの……?」
鈴は躊躇いがちに問い返す。胸に浮かぶ情景は、桜の下で微笑む黒い髪の少女。あちらではそうあるべきの姿。けれ
ど──。
鈴を真っ直ぐに見つめる翠の瞳は優しいまま。鈴がよく知る陽子のまま、胎果の女王は首を横に振った。
「私は、もう故郷を恋うたりしない」
きっぱりと断じて陽子は鮮やかに笑う。そうして、また桜の若木に目を移した。鈴はその横顔の美しさに息を呑む。それは、揺るぎなく立つ桜の樹によく似ていた。
「ここには、桜もあるし、お花見する仲間もいるしね」
おどけて笑う陽子の声に、唇を緩める。鈴もそうだ。共に桜花を眺め、共に桜餅を作る仲間がいる。それが、どんなに嬉しいことか。仲間の顔が次々に胸を過る。その中でも最も大きい大らかな笑顔。もう故郷を恋うたりしない。見る度にそう思わせてくれるその笑顔を思い出し、鈴は満面に笑みを浮かべて陽子を見つめた。
「そういえば、その桜は、陽子の大事なひとからの贈り物だったわね」
その一言で、陽子の頬が面白いように朱に染まる。鈴が虎嘯を想うように、もしかしたらそれ以上に、陽子は隣国に住まう己の伴侶を想っているのだろう。桜は、故郷よりも、恋しいひとを偲ばせる花なのだろう。頬を染めて俯く陽子の肩を抱きながら鈴はそう思った。
2011.05.03.
後書き
2011/05/03(Tue) 07:10 No.790
景麒・浩瀚・陽子・祥瓊・六太・利広ときて、鈴まで辿りつきました。
そろそろヤバいかもしれません(苦笑)。
故郷と桜と鈴、セットになりがちでございます。
それでもお楽しみいただけると嬉しく思います。
それでは行ってまいります!
2011.05.03. 速世未生 記
ご感想御礼 未生(管理人)
2011/05/06(Fri) 06:18 No.821
無事に戻ってまいりました。
皆さま、管理人不在中も祭を盛り上げてくださり、ありがとうございました!
お昼少し前に地元に到着しました。
気温は3℃。吐く息は白く、名物の醤油ラーメンがすんごく美味しく思えました。
実家の母が「朝は真っ白だった」と事も無げにのたまいました……(苦笑)。
拙作にご感想をありがとうございます〜。
空さん>
桜の蕾を思い出してくださってありがとうございます。
もうそちらでは葉桜ですものね〜。北の国では正に蕾の状態だと思います。
まだ確認に行っておりませんので不明ではございますが(苦笑)。
東北の方々も変わらずに咲く花たちに心慰められたであろうと願って已みません。
ネムさん>
置き土産をお楽しみくださりありがとうございます。
故郷を想って泣いたこともありつつ、今、愛しいひとに会える日を待つ喜びを抱きつつ、
というところでございましょうか。
恋する女の子たちってやっぱり可愛いですよね〜。
饒筆さん>
はい、この頃の金波宮の庭院にある桜は雁国主従からの贈り物でございます。
海客の鈴のためでもある桜で饒筆さんに元気を差し上げることができて嬉しく思います!
愛のお裾分けということで(笑)。
瑠璃さん>
今朝5時の地元の気温は−2.8℃でございましたよ〜(笑)。
6月までスキーができる山もございます。是非おいでくださいませ!
「もう故郷を恋うたりしない」と言い切るまでにも色々あったのでしょう、
鈍いながらも(笑)。
どうぞ嫁に連れて行ってくださいませ(凄く苦労すると思いますが、いろんな意味で)。