「管理人作品」 「11桜祭」

「春の光」@管理人作品第9弾

2011/05/12(Thu) 17:55 No.883
 管理人はいつも地元と戴を重ねてしまいます。 実際の戴はもっと広いのだろうけれど、 5月になっても硬質で清澄な空気は戴を思わせるのでございます。
 今更雪のお話でごめんなさい。 けれど、GWに吹雪を体験した北の国の住人でございます。 ご寛恕くださいませ〜。
 というわけで、「視線を変えて」シリーズ第9弾でございます。 昨年出した「春の息吹」を李斎視点で書いてみましたが、読まなくても解ると思います。 よろしければお楽しみくださいませ。

春の光

2011/05/12(Thu) 17:56 No.884
 戴には光が必要だ。

 そう言ったのは己であると李斎は自覚している。しかし、再び戻った戴は、僅かな光では立ち行かない国に成り果てていた。

 年の半分を占める厳しい冬がますます厳しいものとなり、残った人々の気力を削いでいく。晩冬を迎えてさえ降り積もる雪。それは、何もかもが芽吹く春を一日千秋の思いで待つ人々を打ちのめした。
 また雪だ、と呟く声に顔を上げた李斎は、絶望的な貌をする人々を見つけ、すぐに目を伏せた。そのとき。

「風花だね。春が近い」

 傍らに立つ少年が静かにそう言った。声の主に視線を移し、李斎ははっとした。泰麒は微かに口許をほころばせ、淡い陽射しに踊る大きな雪片を見つめていた。
 晴天に降る雪は風花という名が付いている。泰麒にそう教えたのは李斎だった。ひらりひらりと花びらのように舞い踊る雪が降るのは冬の初めと終わりのみ。初めて風花を見た泰麒は、故郷に咲く花によく似ている、と言って目を細めていた。
「──綺麗だ」
 掌で融ける淡雪に手を伸ばし、泰麒は微かそう囁いた。長く無慈悲な冬の象徴である雪を、かくも優しく愛でる。それは、泰麒が慈悲の神獣である麒麟だという証かもしれない。やがて。
 泰麒は微笑を浮かべたままゆっくりと歩き出す。李斎は慌ててその後ろに従った。虚ろな目で舞い降る雪を眺める人々の前に立ち、泰麒は静かに指を差す。その先にあるものは。
 李斎は思わず目を見張る。まだ雪残る大地に立つ一本の樹に、膨らみ始めた蕾がついていたのだ。泰麒は黙してその樹に歩み寄り、愛おしげに手を伸ばした。小さな若葉が萌え出し、先が薄紅に染まる蕾は、それ自体が光を放っているように見えた。
 その場にいる人々は一様に感嘆の溜息をつく。長く厳しい冬も終わりが近いのだ。樹々は既に春を迎える準備をしている。人々は愛らしい蕾と、その存在を知らしめた少年を見比べて淡い笑みを見せる。泰麒は己も笑みを返すと、ゆるやかに歩き始めた。

「李斎、あれが桜だよ」

 春の使者だ、と泰麒は笑う。春になればこの雪のように花びらを舞い散らすのだ、と楽しげに語る泰麒こそが戴に春を齎す尊い光。そう思い、李斎は深く頭を下げた。

2011.05.12.

後書き

2011/05/12(Thu) 17:57 No.885
 桜吹雪という言葉がございますが、北の国の住人である管理人には、 春に降る優しい雪が桜の花びらのように見えるのでございます。 本物の桜吹雪ももうすぐ見られるのかと思うと、嬉しい半面、淋しい気持ちになります……。

2011.05.12. 速世未生 記

懐かしい 由旬さま

2011/05/12(Thu) 22:29 No.896
 昨年投稿された作品を読んでしんみりしたのを思い出しました。
 風花と桜の蕾の取り合わせが美しいです。
 厳しい戴の冬が終わるのももうすぐだと、前向きでいる泰麒に、 李斎も励まされたことでしょう。 春を待ち望む北国の人の気持ちが伝わってくるようです。

南国は暑いですが、 瑠璃さま

2011/05/12(Thu) 22:47 No.898
ここに来ればまだ清清しい空気の春に浸れます。
 南国育ちの人間には北国の冬は想像を絶しています。 まだ降る雪の中でも自然は着実に春に向かっている。 それを指し示す泰麒は本当に「光」に見えるのだと、そう思えました。

ご感想御礼 未生(管理人)

2011/05/13(Fri) 06:07 No.903
由旬さん>
 「春の息吹」を思い出してくださってありがとうございます。 実は元祖桜祭りに出した「風花」も引っ張り出してしまいました。
 地元では桜の開花もまだまだだそうでございます。 3日に雪が降っていたもんな〜。勿論毎年そうなわけではないのですが。
 北国の人々の春を待ち望む気持ちを感じてくださってありがとうございました。

瑠璃さん>
 長く厳しい冬を越えるからこそ春が嬉しい。 戴の人々にはその気持ちを思い出していただきたいものでございます。 そして、その春を齎す者は泰麒であってほしいと願って已みません。
 なので、泰麒に春の光を感じていただけて嬉しく思います。

尊きもの  饒筆さま

2011/05/13(Fri) 09:46 No.905
 麒麟ってまさに神獣ですね・・・戴国の民と一緒に、泰麒が尊い、愛おしいと感じました。 驍宗さま、早く帰ってきてあげて!
 地元の冬が大したことないだけに、凍えて耐え忍ぶ長い冬は想像の範囲を超えています。 北国の住人ってスゴイなあ。

泰麒の纏う澄んだ光が目に見えるようですね Baelさま

2011/05/14(Sat) 07:27 No.914
 気温が低いと空気中の不純物が少ないとか。
 戴の国に降り立った泰麒は、まさに澄んだ光そのもののようですね。 雪に耐える梅はイメージがあるのですが、桜というのは、 まさに北国の春という感じが致します。
 以前、寒いと空気の密度そのものが高まると聞いて、 だから息苦しくなるのかと一人合点したことがあるのですが、 凍りつく寒さの中でひたすらに息を殺し耐え忍んでいる人々に、 泰麒の慈悲がほっと温かさを与えている。そんな情景が思い浮かびました。

光 ネムさま

2011/05/15(Sun) 00:01 No.924
 南国の光が降り注ぐものならば、北国の光は一点に凝縮しているのですね。 どちらも美しいですが、凝縮された光は切ないような美しさです。
 李斎は「奇跡は望まない」と言いましたが、懸命に生きてきた人々の願いが 『泰麒』という光に凝縮され、奇跡となった―そんなイメージが沸きました。
 素敵な話をありがとうございます。

ご感想御礼 未生(管理人)

2011/05/15(Sun) 07:17 No.934
饒筆さん>
 麒麟の力を失ってさえも戴を照らす光である。 泰麒はそのために生き延びたのだと思いたいです。
 私の地元は厳寒期には−20℃を下回ります。 今でこそ家は高気密で暖かいですが、開拓した頃のご先祖さまは大変だっただろうなと つくづく思います。いつか体験しにいらしてくださいませ!

Baelさん>
 桜は自生種がございますが、梅はかなりお手入れしないと 北の国では花開けないようでございます。 最近は地元の公園にも梅を見かけますが、小さい頃は見たことがございませんでした。
 北の国の冬の空気は慣れない方には「痛い」と感じられるとか。 私はその張りつめた冷たさを好もしく思います。
 泰麒にはそんな厳しい気候の中で暮らす人々の光であってほしいと願って已みません。 そういう泰麒をご想像くださってあるがとうございました。

ネムさん>
 素敵な対比をありがとうございます。 そうですね、あたたかい地域の光はまさに降り注いで痛いくらいでございました。 北国では寒いからこそ、淡く細い光が生きる力を与えてくれるのだと思います。

自分の話で恐縮ですが… 空さま

2011/05/17(Tue) 23:15 No.971
 空は関東でも少し標高が高く山に囲まれている盆地で3年ほど暮らしたことがございまして、 まあ、それほどお金持ちではなかったので、暖房も整えることができず、 ありったけ付けても部屋の中で3℃という生活をしたことがございます。 そこでは桜はやはり5月にならないと咲きませんでした。 想像力乏しい空も、北の桜はあんな感じではないかと思いだしています。 泰麒の想いが桜に伝わり光となって戴国に広がる、そんな風に感じてしまいました。 寒いところでは春って本当に待ち遠しい、そう思っていた若いころを思い出しました。

ご感想御礼 未生(管理人)

2011/05/18(Wed) 17:27 No.980
 空さんも寒い地方にお住まいだった頃がおありなのですね。 冬が寒ければ寒いほど春が待ち遠しく愛おしい。ご理解いただけて嬉しく思います。
背景画像 瑠璃さま
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