「管理人作品」 「11桜祭」

淡き春宵の夢@管理人作品第10弾

2011/05/15(Sun) 06:23 No.930
 ネムさん作#489〜491「虚空桜」の連鎖妄想でございます。 今年は連鎖ばかりでごめんなさい〜。
 ちょっとえろいかもしれません。少しだけ残酷描写もございます。 このまま出してよいかどうか悩んだ末、ネムさん含め数名の方々に判断を仰ぎました。 ご了解いただけたので出してみました。 よろしければ皆さまもお楽しみくださいませ(どきどき)。

淡き春宵(しゅんしょう)の夢

2011/05/15(Sun) 06:30 No.931
 気づけばいつも独りだった。少し肌寒い空気に包まれているだけだった。ただ、淋しかった。だから、差し伸べられた手を取っただけ──。

 春の宵闇に、花びらが静かに散る。陽の光の中では僅かに紅く色づいて見えるその花弁は、星明かりの下で白く光る。淡く輝き軽く舞うそれは、まるでこの世のものではないかのように儚く美しい。
 そんな中に、女がひとり立っていた。微かに靡く長い髪の上に、花びらが一つまた一つと静かに降り注ぐ。白い顔は幽艶で、折れそうに細い身体と相俟って人ならぬ気配を放っていた。そう、女の背後に浮かび上がる、人を惹きつけて已まぬ凄絶な美しさを持つ桜花の精のように。
「──大丈夫?」
 かけられた声に、茫洋と佇んでいた女は顔を上げる。身なりの良い若者が覗きこんでいた。その瞳を見つめ返す。心配の色だけを浮かべた他意のない双眸。そういう男に用はない。女はつと目を逸らし、何も言わずに頷く。しかし、それだけで気が遠くなりかけた。
「大丈夫じゃなさそうだね」
 ぐらつく女を支えた若者は爽やかに笑う。そして、軽々と女を抱き上げて、家はここか、と問うてきた。女は慌てて首を振る。しかし、若者は不意に口許を歪めて女の耳朶に囁いた。
「──君の噂は知っているよ」
 そう言って笑う若者の瞳は妖しく輝く。女は目を見張り、じっと若者を見つめた。柔和な笑みを浮かべつつも深い色を湛えた瞳に、我知らず引きこまれそうになる。女は耐え切れずに目を伏せた。
「実を言うとね、私は、君に会いに来たんだ」
 楽しげに笑う声に惹かれて顔を上げた。若者はそれを待っていたかのように顔を寄せてくる。小さく溜息をつき、女は目を閉じた。

 ──苦しい。喉がからからに乾いている。辛くて堪らずへたりこんだ。闇雲に伸ばした手を取ってくれたのは、温かくて大きな手。優しい声に、厚い胸に縋って泣いた。冷えた身体を弄る遠慮のない手など気にもしなかった。抱きしめてくれた身体の温もりに安らかな眠りを得た。漸く心穏やかな朝を迎えられると思ったのに──。
 目が覚めると、足許には干からびた男の骸が転がっていた。瞠目しつつも、女は声すら上げなかった。あれほど感じていた喉の渇きも今はない。けれど、心は乾いていた。
 それから女は自ら男を誘った。己の容姿が男を惹きつけることを承知の上でのことだった。欲を満たして身を滅ぼす男に向ける目は虚ろだった。喉の渇きは癒えても、心は乾いたまま。それでも女は男を求め続けた。

 ただ、苦しかっただけ。渇きを癒したかっただけ。温かな身体に抱きしめられたかっただけ。それなのに、気づけばいつも独りきり。だからこそ、誰よりも美しく咲こう──。

 凄絶なまでに美しい化け桜。

 女の宿る樹は、いつしかそう呼ばれるようになっていた。若者はそれを知っているという。そして、男の欲を見せぬまま、熱く優しく女を抱いた。このまま目が覚めなければいい。そう思いながら、女は若者の腕の中で眠りに就いた。

「おはよう」
 夢と現の境を彷徨っていた女は朗らかな声を聞いて飛び起きた。窓の外の空は白みかけている。若者が、穏やかに女を見下ろしていた。
「夢じゃないよ」
 目を瞬かせた女の心を読むような応えを返し、若者は朝陽のように爽やかな笑みを見せる。独りきりではない初めての早天。覚醒した女は、信じられない思いで目の前の若者をまじまじと見つめた。
「ほんとうはね、君をどうにかしなくては、と思っていたんだ。でも、止めることにするよ」
 若者は意味ありげに言葉を切る。何故、と問うと、若者は楽しげに笑った。
「君が、美しいから」
 綺麗なものには逆らわないことにしている、と若者は笑み、女をふわりと抱きしめた。

「だから、私一人で我慢するんだよ」

 美しいものに後悔の涙は似合わないからね、と若者は囁く。その声は限りなく優しくて、却って涙を誘った。女は若者の腕の中で小さく頷く。それだけで、熱いものが込み上げた。
「──無理する必要はないよ」
 髪を撫でる手は温かい。若者に縋り、女は存分に涙を流した。あれほど乾いていた心が満たされていくのを感じた。

 夜が明けきる前に若者は去っていった。また百年後に、と手を振る若者を淡い笑みで見送る。そんな約束が果たされるとは思わなかった。人はいつも儚く消えていく。女はそれをよく知っていた。

 それなのに、若者は律儀に現れた。久しぶり、と笑う顔は、あれから百年を経ているとは思えないほどに変わりなかった。目を見張る女を抱きしめて一夜を共にした若者は、色褪せ始めた女の花に生気を戻してくれた。だからこそ──。
 時季になると訪れる若者の手を取ることに躊躇いを覚えた。ひとつひとつ確かめるように問いを重ねる。若者はどこまでも爽やかに応えを返した。人なのか、との問いにさえ。

「人でなければ、だめなのだろう?」

 そう言って笑う若者からは、憐憫も情欲も感じられない。何ゆえに女を訪うのか。いくら訊いても女には分らなかった。問うことがなくなれば、小さな溜息をついて若者の手を取るのみ。

 暁の薄闇の中、手を振り帰っていく若者を見送って、女はまた淡い笑みを浮かべる。

 これが最後でもいい。そして、あなたになら切られても構わない。

 朝の光とともに樹の中に消えていく女の呟きを耳にする者はない。ただ、春風が桜の梢を吹き抜けていくだけであった。

2011.05.13.

後書き

2011/05/15(Sun) 06:39 No.932
 ネムさんの「虚空桜」を拝読して、イメージが頭を駆け抜けました。 それを形にしてもよいとお許しをいただき、書き始めてみたものの。
 ──書けば書くほど「色」になり、一度は投げてしまった作品でございます。 そんなものを「読みたい」と言っていただけて嬉しく思いました。 その後は「祭掲示板」と唱えながら書き上げました。久々に恥ずかしいです……。
 ネムさん、あの素敵文からこのような妖しいものを連鎖してしまった私を快くお許しくださり、 ほんとうにありがとうございました〜。

2011.05.15. 速世未生 記

女のサガですね 饒筆さま

2011/05/15(Sun) 17:13 No.936
 私は桜精のような佳い女ではありませんが、なんか共感できます〜。 切られても構わないと呟く桜精は、紛うことなくオンナですね。
 艶やかで麗しい後朝の風景をありがとうございました。 (私ももっとオトナになりたいです・・・)

哀れだからこそ美しいのですね Baelさま

2011/05/15(Sun) 21:24 No.941
 式子内親王の「玉の緒よ…」の和歌が思い浮かびました。
 もしいつか利広が訪れなくなる日が来たとしたら、“彼女”は果たして待つのでしょうか。 それとも。
 ……ネム様の「虚空桜」からすると、尚隆が切ってあげてくれるでしょうか。 そうしてあげてほしいなと、何故か思いました。

100年に一度 瑠璃さま

2011/05/16(Mon) 21:36 No.949
 利広に会った後、100年に1度の逢瀬を待つこの桜の精はきっと前にも増して 凄絶な美しさを身につけたに違いないと思いました。 妖しく切ないけれど、最後は春の光と風が爽やかさも感じさせてくれます。
 利広、(もっと)長生きしろよ!

ご感想御礼 未生(管理人)

2011/05/17(Tue) 13:20 No.957
 皆さま、ご感想をありがとうございます。レスが遅くなってごめんなさい〜。

饒筆さん>
 桜に共感してくださりありがとうございます。 私も書いていて「女」だなぁと思いました。 艶やかとか麗しいとか表現していただけたことに申し訳なさを感じてしまいますが、 このような妖しい作品を読んでいただけて嬉しく思います。

Baelさん>
 正にそんな感じですね。歌の方が激しいかもしれませんが。
 利広が来なくなったら……そのまま立ち枯れてしまうかもしれませんね。 それを一人見つめる尚隆の姿がなぜか浮かんでしまいました。
 妄想を誘うご感想をありがとうございました。

瑠璃さん>
 なんだか、妖艶な夜桜に勝手に惹きつけられるあまたの男たちが目に浮かんでしまいました。 でも、すっかり美食家になった桜は雑魚を受けつけたりしない(苦笑)。
 妄想を掻き立ててくださってありがとうございます。 最後の一言、吹き出してしまいました〜。

妖艶なあやかし 空さま

2011/05/18(Wed) 20:31 No.982
 男性が思わず自分のものにしたくなるほどの色香を纏う桜。 どちらかといえば赤味が深い花びらを思いうかべました。
 何か悲しい物語がいくつも潜んでいるような気がします。
 恨みつらみではない、何かもっと別の執念がこの桜に宿っているようで、 引き込まれる気がしました。
 元のお話も素敵でしたが、こちらもなんだか切ないです。

さすが! ネムさま

2011/05/18(Wed) 22:31 No.991
 何度読んでも素晴らしいですね。
 桜の精の儚さ、宿命の悲哀、それにも勝る美しさ。 それに対する利広の自然な優しさーそうしたものが余さず表現されていて、 まさに未生さんの本領発揮! といった感じです。
 これだけのものが読めたのだから、ダメモトで投稿して良かったです。 やっぱりお祭りは参加することに意義がありますね(^^b)
 あ、Baelさんの設定、いいなぁ。

ご感想御礼 未生(管理人)

2011/05/19(Thu) 17:31 No.996
空さん>
 「恨みつらみではない」──私がネムさんの作品を読んで受けた感想もそうでした。 汲んでいただけて嬉しく思います。

ネムさん>
 ネムさんにそう評していただけて光栄でございます。 このような妖しいものの掲載をお許しくださってありがとうございました。 祭をやってよかったと心から思います〜。
背景画像 瑠璃さま
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