掌の中の花吹雪
ネムさま
2011/03/23(Wed) 21:51 No.55
* * * 1 * * *
不思議な水に 不思議な種
始めはゆっくり うんとゆっくり
見えないくらいの さざ波を
そのまま少し ほんの少し
種は上へ 水は円を
回って 伸びて 回って 伸びて
回る水には 見えない光
回って 回って 種の中へ
きらきら 光って それは まるで 花吹雪の よ う
!/!/!/!/!/!/!/!/!/!/!/!/!
「え〜、ご存知の通り“花玉”とは、本来売り物にならない生育に失敗した玉、または異物が多く混じった礫を、逆にその形状や模様の妙を愛でる観賞用に転じたものでしてぇ―。
一般的には玉泉で変形したものを芙蓉玉、牡丹玉。礫の割り出し面に浮き出る帯状模様や異物の組合せを楽しむ梅花玉、桃花玉に区別しておりますが―、今お話に出ました桜花玉は、玉泉で成長中の玉に桃花系の模様が混じり、それが鑑賞に耐えうるという実に稀な花玉でありましてぇ〜」
「琅燦。私が聞きたいのは“花玉”の講釈ではなく、何故冬官府の広場で台輔が倒れていたかということだ」
驍宗の鋭い声に、堂内に並ぶ全員が震え上がった。中央に跪き説明していた琅燦も頭を垂れ、その拍子にあちこち焦げた髪の毛が揺れた。
その日の朝、冬官府の建物が囲む広場で爆発が起きた。それ自体は珍しいことではない。問題は、爆発源の近くに泰台輔がのびており、その横で普段人前に出ない使令がかんかんになって怒っていたことだ。
使令の告発により、爆発した実験用の仮小屋の下=避難用の穴から這い出てきた冬官長は“桜花玉の人口培養の実験のため(恐れ多くも)台輔の力を利用した”咎により、王の前に引き出された。
「確かに花玉の人口培養の研究は進んでいる。しかし桜花玉は、玉の発育に不利な速い流れに、亀裂を生じる恐れのある異物が混入するという悪条件の中で出来る、万に一つの稀石だ。麒麟と使令の巨大な呪力を使っても不確定要素が多すぎる。優秀な冬官であるそなたが、何故そのような危険な賭けに出たのだ」
驍宗の言葉に苛烈さが増してくる。その時、堂内に二つの人影が駆け込んできた。
「桜花玉の実験は、台輔からの強い要望で行ったものです。琅燦殿が無理強いしたわけではありません」
遅参の詫びも早々に、普段は大人しい秋官長・花影が琅燦の無実を大きく訴え出た。
「私もその場に居りました。
台輔の熱意に押された形になりましたが、危険を承知でお止めしなかったのは、臣下として至らぬこと。琅燦殿をお咎めになるのでしたら、私もご一緒に」
瑞州師将軍・李斎の更なる大音声に、さすがの驍宗も黙る。そして暫しの後、目の前の女性三人に問うた。
「では何故、台輔は桜花玉を作ろうなどと言い出したのだ」
三人は互いに視線を交わし、花影がおずおずと口を開いた。
「台輔は…国庫が疲弊していることを憂いておいでのご様子でした。
即位式の際に、氾王から桜花玉が高値で取引されることをお聞きになられたそうで、是非ご自分の力で作ってみたいと仰せられたのです」
思わずその場一同無言で肯いた。誰もが国庫にある借用証の束を思い浮かべたのだ。
驍宗も嘆息しつつ花影に言う。
「…で、そなたもその計画に乗ったという訳か」
入ってきた時の勢いはどこへやら、花影はひたすら恐縮し頭を伏せる。
「申し訳ございません。予算があれば、災害などで困窮する民に少しでも施せるかと思い、つい…」
「あ〜、私も実験自体に興味はあったんですが…やっぱり府第全体の借金を返さないと、この先いろいろ困るもので」
珍しく煮え切らない琅燦の物言いを聞きながら、驍宗は李斎にも尋ねた。
「それで李斎は軍の装備か?それとも−」
李斎は無言で俯いていたが、突如顔を上げ言い放った。
「私の望みは、台輔の願いと一緒でございます」
「蒿里の?」
「はい。台輔は主上の御為に、後宮を復活させたいと仰せでした」
堂内がどよめいた。後宮はつい先日、王の“無駄”の一言で閉じられたばかりなのだ。
「そう言えば」
正頼がぽんと手を打った。
「一昨日、後宮の前を通った折に台輔に説明を求められ“後宮は王のお疲れを癒す場所だが予算の都合で閉められた”と申しましたら、主上のためにご自分が再開させるとおっしゃってました。
そうそう、主上もその場におられて“お前に任す”と仰せでしたなぁ」
驍宗も思い出した。正頼のいい加減な説明に呆れながら、自分の役に立とうと必死な泰麒の姿に負けて、許可したような気がする。
「そのような主上のお気持ちも察せられなかったとは、臣下として不覚の極み。申し訳ございません!」
何故か拳を握りしめながら謝罪する李斎の後ろでは、女性官吏の冷ややかな視線と“やっぱり後宮はあった方が…”という男性官吏の期待に満ちたささやきが広がっていた。
「これ、皆の者」
冢宰・詠仲の押し殺した声に皆はっとした。玉座を見上げると、驍宗が目を瞑り押し黙っている。しかしその周囲には、火花が見えるような空気が漂っていた。
やがて目を見開いた驍宗が宣した。
「当分の間、桜花玉の人工培養実験は禁止する」
2011/03/25(Fri) 23:05 No.88
* * * 2 * * *
〜゜〜゜〜゜〜゜〜゜〜゜〜゜〜゜〜゜〜゜〜゜〜゜〜゜
親指ほどの空間に、一つの世界が存在する。
光沢を放つ白い肌が空。
水の作り出した無地の流紋が幾重にも巡り、風を表す。
底に淡くにじむ薄紫色が花咲く山のよう。
空間一面に光る無数の薄紅の光は、まるで―
「本当に、桜吹雪を見ているようです」
絹の敷物の上に置かれた極小の花玉から目を離すと、李斎は溜息をついた。
「それだけ桜花玉の特徴を備えたものなら、その大きさでも小さな宮一つは建てられる。
傲濫を捕らえた時にも思ったが、この小さな体のどこに、これほどの力を秘めているのか」
驍宗は苦笑しながら、自分の膝の上に頭を預けている子供の寝顔を見下ろした。
目を覚ました泰麒は、桜花玉の実験中止を告げられて半べそをかいたが、体力が回復しきっていなかったらしく、すぐにまた寝入ってしまった。
「しかし一つ作ってこの調子では、やはり無理はさせられぬな」
それに、と驍宗は続ける。
「蒿里の故郷では、桜が特に愛でられているという。春になると、どの里でも薄紅の花が咲き乱れ、散る間際の花吹雪の見事さは、話を聞くと、戴ではもしかすると見られない程のもののようだ。
蒿里は金の為ではなく、ただ故郷を再現したかったのかもしれぬ」
確かに泰麒が“桜”という言葉にいたく反応したことを思い出し、その想いに李斎は粛然とした。
僅かな沈黙の後、驍宗が急に口調を変えて言った。
「それにしても、李斎に後宮の心配をしてもらうとは、思ってもいなかったぞ」
からかい含みの言葉に、李斎は耳朶まで赤くなった。
「申し訳ございません。出過ぎたことを申しまして…」
「全くだ。しかし…李斎の返事次第では、蒿里の苦労も無くなるのだが」
“え?”と李斎は垂れていた頭を上げる。驍宗は口の端に笑みを浮かべているが、目はじっと李斎を見つめている。その紅い瞳に吸い込まれるように、李斎の体が揺れる。
「…主上…」
むくり。
突如起き上がった泰麒は、半目のまま、思わず仰け反っている大人二人を交互に見上げたが、もう一度瞬きをすると“夢かぁ”と呟き、驍宗に再びもたれ掛かった。
「どうなさいましたか、台輔」
胸を押さえながら李斎が尋ねると、泰麒は溜息をついた。
「鉱山で玉を探す夢を見たんです。見つからなかったけど、あちこちの坑道に色のついた灯が点って遊園地みたいだなって思ったんだけど」
そこまで言うと、途端に泰麒は勢いよく体を起こした。
「そうなんです、蓬莱では“町起こし”のために“観光地”を作るんです!
玉泉の枯れた鉱山でも“ライトアップ”して“トロッコ”なんかを走らせれば“ディズニーランド”みたいで、きっとお客さんが来てくれます。あ、戴は雪が多いから“スキー場”も作れるかも」
“観光産業”について熱く語る泰麒を見つつ、驍宗は改革の早期実現化を痛感した。
机上では一足先の春が笑っていた。
― おわり ―