貴方に微笑みを
縹草さま
2011/03/30(Wed) 04:00 No.184
桜の季節。
慶国には、桜の花が咲き乱れていた。
大国と祭り上げられるようになって久しい慶国の女王が、桜の花を特に好んで愛でている、と、慶の民に知られるようになってから十数年。
桜は国中の至る所で見かけられるようになり、同時に『花見』という蓬莱の行事も民の間ですっかり定着していた。
「それだけ、陽子が民に愛されているという事よね」
ふふ、と微笑む鈴の手には、針と糸。
そして、その脇の卓子には、桜から舞い落ちた花びらが、小さな籠に少しばかり。
「ここ最近、陽子ったら根を詰めてばかりなんだもの」
この時期はどうしても、王たる陽子の仕事が増えるものだが、今年は建州で大きな蝕が起こったため、例年とは比べものにならないほど忙しくなっていた。
増えた仕事を必死でこなす陽子に、今は息抜きできる時間も少ない。
最近では笑顔にも疲れの色が見え隠れしている。
鈴は花びらに糸を通していきながら、ここ暫く見られない、友人の屈託のない笑顔を恋しく思う。
「鈴、ここにいたの」
呼ばれた声に鈴が振り向けば、祥瓊が一緒にお茶にしましょう、と誘いにきていた
「陽子の方も一区切りつく頃だから」
そう言いながら鈴に近づいた祥瓊は、鈴の手にあるものを認めて、あら懐かしい、と微笑んだ。
「私も小さい頃にお母様に作っていただいたわ。色んな花の花びらで」
「祥瓊も?私も」
くすくすと楽しそうに笑い合った後、それ、陽子に?と問うた祥瓊に鈴は肯いて答えた
「今年は堯天でお花見も出来そうにないから、これくらいは、と思って」
糸を結んで余分な部分を切り、鈴は桜の花びらで作った髪飾りを空にかざしてみる。
「喜んでくれるかしら」
「当たり前じゃない」
自信たっぷりに言い切った祥瓊に促され、鈴は手早く針と糸、花びらの入っていた籠を片づけると
祥瓊と二人、並んで陽子のいる執務室に向かう。
桜の花びらの髪飾りを差し出しながら、陽子にとっておきの笑顔を向けてやるのだ。
そうして、自分がお茶の支度をする間に、祥瓊がこの髪飾りを陽子の頭に飾って。
きっと、陽子は恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑ってくれるに違いない。
鈴と祥瓊は友人が見せてくれるであろう笑顔を思い浮かべつつ、
執務室の戸を叩いた。